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33 エレナ女神様に扮する

 籠いっぱいのお菓子を子供たちに配り終わり、一息つくために天幕に入る。

 屋敷にお菓子をとりに戻ったメリーが来るまで束の間の休憩だ。


 われ先にと欲しがる子供達を叱っては宥めて並ばせて、並んだら褒めてお菓子を配る。

 今まではお母様と一緒だったから平気だったけど、一人で配るのは流石に疲れた。


 天幕の中では、すでにお祭りに到着していたアイラン様をお兄様がちやほやしていた。


『アイラン様。我が領地へいらっしゃいませ』


 挨拶すると、アイラン様はわたしに手を突き出す。


『なんでしょう?』


 握手? 今更?

 わたしが手を差し出すとため息をつかれる。


『なんで、エレナはわたしにお菓子をくれないわけ?』


 わたしよりも背が高いにも関わらず、天幕に行けばいくらでも食べられる様なお菓子をわざわざ女神様からもらいたがるのは、わたしのことを揶揄うのが趣味のユーゴくらいだと思っていたのに。

 目の前のお姫様がもらえないからと思い切り不貞腐れていた。


『そういう文化というか風習なんです』

『この国の?』

『ヴァーデン王国……というよりトワイン領での風習です』


 エレナが子供の頃から読んでいた『恵みの女神』の神話を思い出す。


『昔むかしの神様の時代、この国は始まりの神により統治されたばかりで、まだ戦禍による傷跡で荒涼とした土地に作物が育たず、誰もが飢えに苦しんでいた時代がありました。大地を護る恵みの女神が子供達を哀れみ作物を実らせたとされているのがこの風習の始まりなんです。今は形骸化して子供達が喜ぶ様にお菓子を配ってますけど』

『ふぅん。ヴァーデン王国は領地ごとの風習が守られているのね』


 アイラン様の視線は遠い。

 イスファーン王国は他民族国家だけど、現在の王室は一つのイスファーン王国を標榜し、民族の独自性を否定する。

 アイラン様にも思うところがあるんだろうな。


『……全ての領地で神話の時代からの風習が守られているわけではなくて、ここが侯爵領だからなんです。ヴァーデン王国内の三つの公爵家と九つの侯爵家は先祖代々一つの家が治めているから、風習が根強く残っているんです』


 アイラン様はわたしの説明を聞き眉間に皺を寄せて唸っている。


『アイラン様、お菓子を頂いてきましたよ』


 アイラン様の侍女のネネイが胡桃のケーキを持って戻ってきた。

 わたしを一瞥するとそのままスルーし、アイラン様の隣に座る。

 ネネイはさりげなく一口かじって毒味を済ませてアイラン様に手渡した。


『もしかして、これがエレナが配ってるお菓子? どこにでもおいてあるの?』

『はい』

『それなのにわざわざ女神の格好して子供に配るのね』

『えぇ。それが風習ですから』

『まぁ、周りから見たら意味不明でも、風習ってそういうものよね』


 そう言ってアイラン様はネネイから受け取った胡桃のケーキを頬張った。


 そういえばアイラン様と一緒にいらしたはずの殿下がいらっしゃらない。


「ねえ、お兄様。殿下は? アイラン様といらしたんじゃないの?」

『シリル殿下なら一緒に来たけど、ここについてエレナ達を見かけたら、なんか急に顔色悪くして他の天幕で休憩するっていって人祓いしてたわよ。せっかく馬車の中でわたしが話しかけてあげてるのに、話の一つも弾まないからおかしいと思ったけど、具合が悪かったのかしら?』

『アイラン様、わたしがお兄様に話しかけた内容が分かるんですか?』


 お兄様にしたはずの質問にアイラン様が答えて、わたしは驚く。

 アイラン様はイスファーン語しかわからないんじゃないの?


『失礼ね。そんくらいなら聞き取りできるわよ』

『あ! 失礼しました』


 わたしの驚いた顔にフンと鼻を鳴らした。

 そうか。そりゃ二週間近くお兄様や殿下とべったりくっついていたら、多少は聞き取りできるようになるか……

 アイラン様の前で話す内容は気をつけないと。


「大丈夫かしら」

「大丈夫じゃない? さっきランスが屋敷の部屋を借りれないかって聞いてきたから、客室をお貸ししたけど、後から着いてきた官吏は殿下が確認する書類たくさん持って歩いてたもん。仕事する元気があるから大丈夫」


 お兄様はそういって暢気に笑った。

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