16 エレナとお茶会という名の歓迎式典
フレアスカートの下からたっぷりのレースが揺らめき見え隠れする。
パフスリーブとリボンが可愛らしいデザインの萌黄色のデイ・ドレスを着せられたわたしはお兄様を睨む。
「……お兄様? 私にはこの場はお茶会には思えないのですけど?」
わたしとお揃いの萌黄色の生地で仕立てられた胴着とブラウスにスカーフタイを結んだお兄様は悪びれずに笑ってる。
「ほらほら、エレナ。怒らない、飛び出さない、叫ばないって約束したでしょ?」
「怒らない約束なんてしていないわ」
シーワード邸の吹き抜けの大ホールでは、イスファーン王国の大人数の使節団を歓迎する「式典」が開かれている。
先程は壇上から、イスファーン王国の外交官とシーワード公爵、それに殿下がご挨拶をされていた。
こんなのお茶会なんて呼ばない。
「大丈夫だって、歓迎式典を兼ねた立食形式のお茶会だよ。ほらイスファーンの王女様にご挨拶に行こうよ」
そう言ってお兄様は私に腕を組むように肘を差し出す。
このままだとフットワークが軽いお兄様に一直線で王女様のご挨拶に連れて行かれてしまう。
そんな直行なんてしたくない。
でもこの腕を取らないと「じゃあ僕がひとまずご挨拶してくるからエレナは大人しく待ってるんだよ!」とか言い出して、この場に置き去りにされるに違いない。
そしてわたしの元に帰ってくるのはお開きになる直前だ。
どちらがマシか天秤にかけて、仕方なくお兄様の肘に手を置き腕を組む。
「そうこなくっちゃ」
そう言ってお兄様はご機嫌で歩き出す。
ひとまず王女様と王女様のそばにいると思われる使者の偉い人にご挨拶して、案内係をする事をお伝えして……
あとは王女様の出方次第。
今から案内係をする様になんて言われたら従わざるを得ないし、また明日のお茶会でってなったら今日は解放される。
──早く解放されますように。
広い大ホールで異国の王女様を探すお兄様に連れられて、わたしは黒と白のモザイク模様の大理石の床を見つめながら歩く。
ピカピカに磨かれたモノトーンの上を色とりどりのスカートの裾がいくつも通りすぎて行く。
シフォン生地をたっぷり使ったフリルや、スカラップのカットワークレース、パイピングと縁取りの刺繍……
さすが貴族の集まりだわ。
うっとりと豪華なスカートの裾ばかり眺めていたら、お兄様の歩みがピタリと止まる。
真っ赤な絹繻子織に金糸の唐草模様が施されたロングガウンが目の端に入る。
目にも眩しいその色合いは異国情緒に溢れていて、きっと目的のイスファーンの王女様がいらっしゃるのを窺わせる。
「ねぇ、エレナ。王女様はお忙しそうだから、いまはご挨拶やめとこうか」
挨拶を諦めるなんてお兄様らしくない。
そう思って、顔をあげて王女様と思われる人物に視線を向ける。
視線の先では、真っ赤な民族衣装のようなドレスを身に纏った黒髪の美少女が、殿下の腕にまとわりついていた……
「ね。エレナまた来よう」
そう言ってお兄様は腕組みをほどくと、わたしが逃げないように肩を抱き寄せる。
空いている方の手の人差し指は、叫ばないようにわたしの唇に押し付けた。
お兄様はわたしが騒ぎを起こす前に、こっそり後退してこの場を去ろうとしているけれど、目の前の殿下は、わたしとお兄様を見て、かすかに眉を顰めている。
待って。
なんで殿下が眉を顰めて不機嫌そうにしているの?
不機嫌そうな顔をしたいのはエレナじゃない?
大好きな殿下の腕に、女性がまとわりついているのよ?
そりゃ……相手が王女様だから無碍に出来ないのかもしれないけれど。
それに別に殿下はデレデレしていないし。
むしろ迷惑に思ってるんだろうなって思うけど。
よくよくみるとわたしとお兄様を見つめているのも、助けを求めているようにも見えるし……
……あんなにコーデリア様の妹に嫉妬したのに、不思議なことに王女様には嫉妬心は湧き上がらなかった。