15 エレナ、シーワード公爵邸に到着する
お兄様に連れられてシーワード公爵夫妻やコーデリア様に挨拶へと向かう。
お城のような立派な屋敷の応接間は、いるだけで気後れする。
ただでさえ気後れするのに、目の前に座すのは国の宰相として、貴族院の議長としてまさに一時期は国の政治を牛耳っていたと言われるシーワード公爵だ。
緊張しすぎてしんどい。
大病を患っていると伺っていた通り、顔色はあまり良くないものの、眼差しの鋭い美丈夫だった。
シーワード子爵の不正を知らなかったわけではないはずなのに、素知らぬ顔して自分の弟を尻尾切りし、イスファーン王国との交易再開について歓迎式典の主宰を買って出るなんて、なんて腹黒い。
いつものわたしなら、コーデリア様によく似た顔の腹黒系イケオジに大興奮するところなのに、テンションはちっとも上がらない。
きっとお茶もお菓子も最高級なものなのだろうけど、口に運んでも何の味もしない。
ほぼお兄様に任せきりで、ただうなづいていただけの挨拶を終え、そのまま偉い人たちへの挨拶の旅に連れ回されそうになるのを、疲れたのを言い訳にして用意していただいた客室に籠る。
だめだ。
自分でも持て余すくらい情緒不安定だ。
気が緩むと勝手に涙があふれる。
殿下がコーデリア様の妹を自分の妹のように可愛いがっていたことがショックなのか、まだ見ぬ異国のお姫様と会うことが決まってから、シナリオ強制力としか思えないほどエレナの行動がセーブできないことへの不安なのか……
自分でも何に泣いてるのかもわからなくなるくらい、泣いて泣いて泣いて、泣き疲れて寝てしまった。
日が変わるのも気がつかず泥のように寝ていたわたしは、お兄様とメリーに叩き起こされる。
「エレナお嬢様! もう日はこんなに昇っておりますよ!」
そう言って、メリーは容赦なく公爵家の贅を尽くした綴れ織の重たいカーテンを開け放つ。
うっわ。眩しい……
海が近いからか、領地や王都で見るよりも太陽がギラギラしている気がする。
「いつまでもそうやってウジウジしないの。早く用意しないと王女様のお迎え間に合わないよ! ほら、さっさと準備して!」
「エリオット様のおっしゃる通りです! こんなに泣き腫らしてしまわれて。いいですか、湯浴みをしてマッサージをしたら、少し軽食をとって、そのあと着替えて、髪形も整えなくてはいけません。のんびりしている時間はありませんよ」
いつのまにかお兄様が部屋に入り込んで、寝ているわたしを見下ろしていた。
もう少しメソメソさせて欲しいのに、お兄様もメリーもとにかくエレナを茶会に出したいものだから、どんどん事を進めてしまう。
「ほら、行くよ」
お兄様はわたしをお姫様抱っこで抱き上げる。
きゃあぁ! 顔が近い!
「お兄様待って! 自分で浴室まで行けるわ!」
浴室まで運ぼうとするのを断固として固辞する。
「ちゃんと支度しますから、お兄様は自分のお支度なさって!」
「本当に支度する?」
「します! それにメリーに捕まったら逃げられないわ」
メリーは袖を二の腕まで捲り上げてニコニコ笑っている。
お兄様はやる気満々のメリーを見て安心したのか、お姫様抱っこから下ろすと、わたしの鼻先を指で突く。
「今日はイスファーンの王女様がいらっしゃる大事な場だから、何があっても昨日みたいに飛び出したりしないんだよ?」
「わかってるわ」
「殿下も隣国の王女様相手だからきっと紳士的に振る舞うと思う。それに嫉妬するのは構わないけど、叫んだりしないでね?」
「大丈夫よ。昨日だって叫びたかったけど叫ばなかったじゃない」
「でも、飛び出したでしょ」
「……飛び出さないし、叫ばないと誓うわ」
エレナの信用は昨日の事件で失墜しているのでわたしの宣言にお兄様は苦笑いしている。
「無理だって思ったら、すぐに僕の後ろに隠れにおいで」
お兄様は私の頭を優しく撫でると、肩を掴みわたしの体を反転させる。
「メリー。エレナの事とびっきり可愛くしてあげてね」
「もちろんですとも。何もしなくともエレナお嬢様はこの国で一番可愛いご令嬢ですけれど、メリーがいつも以上に腕によりをかけて、とびっきり可愛く仕上げましょう」
侍女バカっぷりを発揮して自信満々にそう答えてくれたメリーに、わたしは微笑んだ。