13 エレナ、シーワード公爵邸に到着する
三日間の馬車旅を終えてシーワード領に辿り着いたわたしは、海を見渡す崖の上にそびえるお城のようなシーワード邸の広大な庭園に、一人で佇んでいた。
潮騒を聴きながら、心を落ち着かせるために深呼吸する。
海の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
わたしたちの到着を出迎えてくれたコーデリア様から、先にシーワード邸に着いている殿下達が談話室で寛がれていると聞いて、ご挨拶に伺ったのがついさっきなのだけど……
そこで見たものにショックを受けて、衝動的に部屋を飛び出してしまった。
わたしが考えるよりも先に身体が動いてしまうのは、エレナ本来の感情の豊かさから来るのだろうけど……
たまに抑え切れず、動いてしまったり余計な事を口に出してしまったりしてしまう。
部屋を飛び出す時も、黙って出て行くことが出来なかった。
それでも、本当は大声で叫びたかったけど、小声で抑えられたのは、エレナなりに我慢できたと褒めてあげたい。
衝動的なエレナは悪役令嬢の素質がある。
そんな素質嬉しくない……
飛び出してたどり着いた庭園でバラとクレマチスが咲き誇るのを見て心を落ち着かせる。
さすが公爵家の領地の屋敷だわ。
噴水を中心に花園が広がり、季節ごとに咲く花を計算して配置することで、常に花で目が楽しめるようにしているのがわかる。
いまエレナがいる蔓棚には、蔓バラとクレマチスを這わせて日陰を作っている。
蔓棚のクレマチスが満開になる前は、クリーム色のモッコウバラが満開だったに違いない。
もう一度深呼吸して、気持ちを整理して何があったのか冷静に事実を確認する。
わたしが殿下にご挨拶に伺ったら、談話室のソファで、コーデリア様の妹の隣に座っていた殿下が本を読んで優しい顔で微笑みかけ、頭を撫でてあげていた。
まるで本当の妹みたいに。
たったそれだけだ。
元々コーデリア様が殿下の婚約者候補筆頭だったんだから、妹君を可愛いがっているのはなんの不自然もない。
もちろん、コーデリア様の妹を可愛いがるほどコーデリア様と親しくされていたのね、なんてことを思ったわけではない。
お二人がこれっぽっちも親しくされていなかったということは、理解して有り余ってる。
エレナは殿下に可愛いがられている、コーデリア様の妹に嫉妬した。
コーデリア様の妹はまだ五歳だ。子供だ。
なのに、五歳の子供に嫉妬して、胸が詰まり泣いて部屋を飛び出してしまった。
しかも「シリルお兄ちゃまは、私だけのお兄ちゃまなのに……っ!」なんてしばらく呼んだ事のない、幼少の頃の呼び名まで持ち出して、独占欲丸出しの捨て台詞を吐いて。
小声だったから殿下に聞こえてないとは思う……
隣に立っていたお兄様には聞こえていたと思うけど……
そこでハッと気がつく。
きっと飛び出したエレナに驚かれた殿下は、お兄様に何があったか聞くに違いない。
お兄様の事だ。
考えなしに見たこと聞いた事をそのまま伝える。
「ごめんね。殿下。エレナったらコーデリア様の妹に殿下が本を読んで差し上げてるからってやきもち焼いて『シリルお兄ちゃまは私のお兄ちゃまなのにぃー!』って怒って出てっちゃうなんてさ。全く子供なんだから」
だめだ。
絶対言ってる! 他の想像なんて思いつかないくらい絶対に言ってる!
しかも殿下に謝るふりして、ニヤニヤしながら告げ口してる!
そんな事言われても殿下は困るだけだわ。
殿下は子供に優しくしただけだもの。
……でも、わかるよエレナ。
殿下が「自分だけ」を妹のように可愛いがっているっていうのが、エレナの心の拠り所だものね。
自分以外にも妹のように可愛がってもらえている女の子がいたことはショックだし、婚約してから妹のような可愛がられ方をした記憶がない。
……記憶が曖昧なのを差し引いても、本当にまったく記憶にない。
殿下は本当にエレナの事を今も妹のように可愛いがってくださっているのかしら。
……落ち着くために考えれば考えるほど、心にもやもやがたまっていくばかりだった。