12 エレナ、シーワード領へ
わたしとお兄様は馬車に乗りシーワード領に向かう。
海に向かって南下する広い街道は、貿易船からの積荷を王都まで運ぶため、石畳が整備されていて快適だ。
トワイン領を含めた国土を北上する街道は、北に進めば進むほど寂れていくのに、シーワード領までの街道沿いの町はどこも賑わっている。
国の経済を支えている南部の貴族たちが貴族院でも発言力を持ち、南部ばかりが繁栄する。
国内の火種にため息をついて、わたしは窓の外を眺める。
お兄様とわたしが乗る馬車の後ろを、メリー達使用人が乗る馬車が追いかけ、周りを王室から派遣された騎士団が囲み護衛をしてくれている。
「随分と物々しいのね」
「正式に発表されてなくても、一応、エレナは王太子殿下の婚約者だからね」
そうか。いくら安全な街道とはいえ長距離だものね。
発表はまだでも、一応は王太子殿下の婚約者であるエレナの事をよく思わない人もいて、何かしようと企む人もいるかもしれない。
仕方のないことかもしれないけれど、窓の外は騎士団の馬が見えるばかりだ。
「窓の外の景色を見るの楽しみにしていたのに、馬に囲まれてよく見えないわ」
「でも、騎士団の手入れが行き届いた名馬を見ているのも楽しいよ? ほら、あの馬とかうちが産出した子じゃないかなぁ」
名馬の産出で有名なトワイン領で、幼少期から乗馬を嗜んでいらしたなんて貴族丸出しのお兄様は、さっきから窓に張り付いて馬を眺めている。
「お兄様は本当に馬が好きなのね。外交のお仕事じゃなくて、騎士になったらいいのに」
「そりゃ、小さい頃は馬に乗る仕事がしたいから騎士になりたかったけど、僕は剣術や体術はそれほど得意じゃないから諦めたんだ」
悲しげな顔で笑うお兄様にキュンとする。
「あら。そうだったの? 残念ね……」
「馬術は得意なんだけどね」
「そうよね! お兄様に馬に乗せてもらうのはとても楽しいわ!」
エレナはお兄様に馬に乗せてもらって遠出をするのが好きだった。
わたしは慰めるためにお兄様の手を力強く握る。
「でしょ? 馬の扱いに関しては、剣術や体術がそれほど得意じゃなくて騎士を諦めるしかなかった僕の右に出るものは騎士を目指すものが多いアカデミーでもいなんだよね……」
あれ。自嘲しているはずなのに、そこはかとないマウントを感じる。
「そうなの?」
「だから、騎士になってもそこそこの地位にはつけるとは思うんだけどさ」
「……そうね。じゃあ騎士になられたら?」
「まぁ、でも殿下の腹心の補佐官がランスだけだと大変だろうし、気心が知れた僕が側近として殿下のお側にいた方がいいと思うんだよね。殿下もランスも頭がいいだけで、社交性がないからさ。僕くらい社交的な人間が外交の仕事をしてあげたほうがいいと思うんだ」
「……そうなのかしら……」
「そうだよー! だから僕が文官にならずに騎士になったらこの国の損失だとエレナも思うでしょ?」
「……そうね」
お兄様の自虐に見せかけた自慢話を聞きながら、旅路は進む。
自慢話はさておき、兄妹二人きりの空間は気安くて居心地がいい。
最初は三日間の馬車旅なんて……と思っていたけれど、今はもっと続けばいいのにと思う。
「こうやって……エレナと一緒に出かけられるのも、あとどれくらいあるのかな」
お兄様は窓の外を眺めながら、ポツリと呟く。
一年後はお兄様も王宮勤めになってお仕事を担うのだろう。
本当に外交の仕事が出来るような職に着任されたら、何年も外国に駐在する事だってあり得る。
エレナだって正式に婚約発表されれば王妃教育が始まるんだろうから、きっとやる事がいっぱいあるに違いないはず。
忙しい日々になって、兄妹二人でのんびりと旅行にいくなんて事は、もしかしたらこれが最後かもしれない。
淋しくなったわたしはお兄様に寄りかかると、お兄様はギュッと私の肩を抱き寄せてくれる。
イスファーン王国の使者を歓迎するための式典だとか、王女様の案内係だとかいろいろと不安はいっぱいあるけれど、いまはお兄様との馬車旅を心の底から楽しむ事にした。