10 エレナはお兄様の思惑にのりたくない
「エレナー。全部試着終わった? 僕が選んだんだけど、全部気に入った?」
ドアを開ける音と、ノック音と、お兄様の声が全て同時に聞こえたと思うと、おろしたての夜会服に身を包んだお兄様がツカツカと返事も聞かずに支度部屋へ入ってきた。
「僕もエレナと揃いで新調したんだけど、この夜会服はどう?」
今までお兄様の夜会服はパステルカラーの明るい色が多かったのに、今回は違う。
黒いシルクの天鵞絨生地に贅沢に施された金糸の縁飾りの刺繍が映える長上着と共布のキュロット……それに私のドレスとお揃いの柄を織り込んだ真っ白な生地の胴着でコーディネートされたモノトーンのセットアップだ。
全体的にシックな装いに、レースたっぷりの胸飾りが華を添えている。
お兄様の肌の白さが漆黒に映えて、いつもの優しそうなイケメンからバージョンアップし儚げな美青年に見える。
「んまー! お似合いです事!」
マダムの悲鳴にも似た絶賛に、ハッとする。
だめだ。くるりと回ってポーズをとるお兄様に私もうっかり見惚れてしまった。
イケメンに弱すぎる。
「……お兄様! 返事も待たずに部屋に入るなんて、淑女に対して失礼じゃなくて?」
「兄妹なんだからいいじゃないか」
悪びれずにお兄様は笑ってそばにある椅子に座ると、試着したドレスを片付けているメリーとマダムに手をヒラヒラ振っている。
「ねぇマダム。お兄様とお話したい事があるからわたしはもう自室に戻っていいかしら」
「えぇ。もうお直し予定のドレスは全て試着いただきましたから大丈夫ですわ」
マダムの返事を聞くや否や、座ったばかりのお兄様の腕を取り、続き間になっている自室へと戻った。
「ねぇ、お兄様。シーワード領で何回お茶会があるの?」
わたしはドアを閉めるとお兄様を問い詰める。
メリーがエレナのことを着飾らせたいのはさておき、一回のお茶会でこんなにドレスはいらないはず。
「うーん? えっと……何回かわからないけど……毎日あるはずだよ?」
「毎日⁈ それって、五日間全部ってこと? 聞いてないわ!」
あの時ランス様にしていただいた説明で聞いたのは初日のスケジュールと、王都に戻る予定日だった。
「そりゃ多少のお客様が変わるくらいで同じことの繰り返しだもん。説明なんてしないよ。まぁ夜は晩餐会だったり舞踏会だったりするけれど、昼間は毎日お茶会じゃない?」
「毎日なんて無理よ!」
「まだそんな事言ってる。まぁ、全てのお茶会に参加する必要があるかは、イスファーンのお姫様次第だよ。エレナみたいにお茶会嫌いのお姫様だといいね」
お茶会に参加したがらない引きこもりのお姫様なら自由に過ごせるかもだけど、そんなわけがない。
だってわざわざ他国に来て三ヶ月も過ごそうなんて思うんだもの。
「お兄様はイスファーンの王女様ってどんな方かご存知?」
「さぁ噂程度しか知らないよ」
「どんな噂なの?」
「ん?」
「お兄様。おっしゃって」
普段よりキラキラしているお兄様に気後れしてしまいそうだけど、じっと見つめる。
お兄様はそっと目を逸らす。
「……えっと、目立つのがお好きでお茶会をよく開かれているそうだよ」
「ほら! そんな事だと思った! 外交のお仕事を目指されているのに接待相手の情報を何も持ってないなんておかしいですもんね? 今回イスファーン王国の方々が交易について話し合いに訪れるのも、そもそもシーワード子爵がイスファーン王国と秘密裏に行っていた貿易が発端で、お兄様は取引に関係ありそうな夜会だなんだと足繁く通われて隠密活動していたし、他にもご存知な事たくさんあるんでしょ?」
「……ないよ」
嘘が下手なお兄様はすぐ逃げようとする。
お兄様を逃さないように腕をつかむと、立ち上がって逃げようとしていたお兄様が、今度は笑って誤魔化そうとしている。
「お兄様? いいから、おっしゃって」
「……えっと、側妃の子だから王国内では立場が比較的弱いから、他国の王子様と結婚して後ろ盾を得ようとしてるとか……あと面食いで……殿下の見目麗しい噂を聞いて……だから来るみたいとか?」
普通のご令嬢なら卒倒しそうな重要情報をお兄様から告げられて、残念ながら貧血ではないわたしは、倒れられずに頭を抱えるしか出来なかった。