8 エレナ、お兄様の思惑にのる
お兄様と馬車に乗り帰路に着く。
イスファーン王国御一行様ご招待については、殿下からも主催者であるコーデリア様からも好きにしていいと言われたので、わたしはあくまでもお兄様のお手伝いという位置付けにしていただいた。
揺れる馬車の中でお兄様を見つめる。
「あくまでもお兄様のお手伝いですからね。参加するのは最小限でお願いします」
「はいはい」
「約束してください!」
わたしの差し出した小指に、向かい合わせに座るお兄様の小指が絡まる。
イケメンの絡まる小指にニヤニヤしそうで無表情を装っていると、お兄様に顔を覗き込まれる。
「あれ? エレナ。こないだの歌は歌わないの? 針千本飲むやつ」
「うっ……歌は大丈夫です」
「そう? じゃあ僕はエレナに嫌な思いはさせないって誓うよ」
「守ってくださいね?」
お兄様はコクリと頷き、絡まる指の力が強くなる。
「だから、エレナも無理のない範囲で、僕のお手伝いしてくれるって誓って?」
そう言ってわたしを覗き込んでいた顔が優しい笑顔になる。
自分がイケメンな事を分かっているお兄様の笑顔は、あざといしかないのに、大好きで大切なお兄様のお願いならなんでも聞いてあげたい気持ちになる。
「……お兄様も腹黒いわ」
「も?」
お兄様はそう言って、ふふふと笑う。
「何がおかしいのです?」
「ううん。エレナもそんな事言うようになったんだなって思って」
きっと同じ人物の顔を思い浮かべているわたしとお兄様は、顔を見合わせて笑った。
「ふふ。でも、お兄様の事だからお茶会だ舞踏会だ盛りだくさんなイスファーンの使者のお相手なんて、めんどくさがるのかと思っていたわ」
お兄様は正式にイスファーン王女殿下の案内係を任命されたそうで、張り切っている。
「なんで? イスファーン語が堪能な人材が国内に不足してるんだよ? こんな、自分を売り込む好機に手をこまねくなんて勿体無い事、僕はしないよ?」
お兄様の発言にハッとする。
確かに。
トワイン侯爵家は家柄は由緒正しいかもしれないけれど、主要産業は農業と畜産業でそんなに収入の多い領地じゃない。
国内の主要都市を抱えて商業が栄えていたり、工業や貿易などで経済力ある伯爵家や子爵家に、名ばかりの侯爵家と小馬鹿にされているのは、エレナでも理解している。
王室にとっても、トワイン侯爵家は殿下の友人として縁を繋いでおきたいような利のある家柄ではないし、殿下と歳の近い有力な貴族の子息なんて他にもいっぱいいるのに、お兄様は愛嬌を武器に、しれっと殿下の一番の友人の座を射止めている。
「僕が領地を継ぐまでにできる限り王室の仕事で実績を作っておかないと、いくら殿下が仲良くしてくれてるからって重用してもらえないでしょ? 僕は、僕の得意な事で実績を作って、エレナが王妃様になるまでに周りの奴らには何も言わせないようにしておくから安心してね」
名ばかり侯爵家の子女が殿下の友人や婚約者になるなんて、歳の近い子を抱える領主達にしたら面白くない。
やっかまれて足を引っ張られることなんて日常茶飯事のはず。
お兄様はやっかみを跳ね返すくらいの実績を作りたいなんて、あの暢気に見えるお兄様が自分と……エレナの将来のことを考えている。
さっきお兄様の事をエレナを自分の利益のために利用したと怒ってしまった事を反省する。
エレナがやたらと賢いのも、エレナの胸が無駄に大きいのも、お兄様がやたらにエレナに甘いのも悪役令嬢だからこそのスペックに感じてしまう今……
この世界がどんな作品なのかエレナの役割が何なのかわからない現状で、私がうっかりシナリオを進めてしまって、エレナが悪役令嬢になるような事は避けたい。
断罪、国外追放、お家取り壊し……
そんなことが起きないようにしなくっちゃ。
わたしは決意を固くした。