1 恵玲奈とエレナ(第二部プロローグ)
2026.6 第五部再開に際し第四部まで全編編集して再投稿しています。
わたしは自室でハンカチに刺繍を刺しながら、心の中のエレナに尋ねる。
──ねぇ。エレナ。今年は殿下の誕生日にどんなハンカチを贈るつもりだったの?
朧げなエレナの記憶を辿りながら、ハンカチを眺める。
エレナは毎年、殿下への誕生日プレゼントのハンカチに、マーガレットの刺繍を目立たないところにこっそりと忍ばせている。
エレナが殿下に淡い恋心を抱いた時に咲いていた丘一面のマーガレット。
エレナの大切な思い出の花。
大好きな殿下が、 マーガレットに気がついてくれるのを夢見ながら……
わたしが転生者である。
という事に気がついたのは二ヶ月ほど前、屋敷の階段から落ちて気を失ったのがきっかけだった。
わたしは転生前は神代恵玲奈という名の平凡な……
いや。オタクな女子高校生だった。
聖地巡礼の最中に神社の石段から落ちて死んだあと、この世界に転生してエレナ・トワインという侯爵家のご令嬢として生活していたみたい。
異世界転生といえば、前世でハマったゲームや漫画、小説の世界に転生して、ストーリーを知っていることをうまく活用しながら生き抜いていくものだと思うのに、いまわたしがいるこの世界についてのストーリーが思い出せない。
そしてエレナがこの物語でどんな役割を持っているかもわからない。
ただ……
王太子殿下がやむを得ず婚約する事になったご令嬢で、エレナが一方的に昔から恋焦がれている。
なんてどう考えても「悪役令嬢」な設定だから、役割は察しがつく。
せめて破滅フラグは回避してエレナには生きてもらいたい。
でも、エレナの純粋な殿下への恋心も大切にしてあげたい。
わたしは大きなため息をつく。
──大丈夫よ、エレナ。今年もマーガレットの刺繍を入れるから。
そうわたしは心の中のエレナに約束をして、渡せるかどうかも分からないハンカチに想いを込めて針を刺した。




