40 エレナと悲劇の公爵令嬢の物語
わたしは家に帰ると部屋に篭った。
今日のことを思い出す。
他人に興味関心の薄い。と揶揄される殿下が、コーデリア様のことを誰よりもよく理解していらっしゃる。
その事実はエレナにとっては辛いものかもしれないけれど、穏便な婚約破棄を狙うわたしには好都合なはず。
ヴァーデン王国は大陸でも有数の大国で、この五十年余りは戦争と無縁で、殿下が戦争回避のために異国の姫君と政略結婚をする必要性はない。
もちろん両国の友好のために政略結婚のカードを切るのが必要であればそうするんだろうけど、絶対ではない。
むしろ問題は外交よりも国内勢力だ。
殿下は、国王陛下と亡くなられた王妃様の間に生まれた一人っ子で、立太子の儀式も済んでいて、地位は盤石に思える。
けれど実際には、いろんな派閥が入り乱れ、殿下の足を引っ張っている。
貴族院を取りまとめていた重鎮であり、前の宰相だったシーワード公爵は、反王室派だった。
領主達の権利を主張する貴族院を抑え込むためにも、殿下は反王室派の筆頭であるシーワード家のコーデリア様と結婚して貴族院の舵を取りたいところであったろうし、シーワード公爵も自分達が王宮内での主導権を握るためにも譲れないものだったに違いない。
殿下はきっと最初のうちはコーデリア様にマウントを取ってたに違いない。
でも、そんな駆け引きの中でも凛として前を向く誇り高きコーデリア様に徐々にほだされ、恋心を抱き、誰よりもコーデリア様の気持ちを察することができるようになっていた。
予想するに、わたしがいまいるのはそういうストーリーの世界じゃないかと思う。
わたしはそんな殿下の邪魔をすることなく、恋が成就するように立ち回ればいい。
なのに、胸がズキズキと痛む。
だって、コーデリア様の思い人はダスティン様であって、殿下じゃない。
コーデリア様は殿下のことを、これっぽっちも好きじゃないんだもの。
いくら殿下がコーデリア様を愛していらしても、そのお気持ちは、コーデリア様にとっては重荷でしかない。
エレナの思いが、殿下にとって重荷でしかないように。
殿下はコーデリア様の気持ちが自分に向いていないことをわかってらっしゃるから、無理にシーワード子爵の不正を暴いて、コーデリア様を手に入れようとしないのかしら。
だって、名目だけの夫婦になっても心が遠ければ虚しいもの。
わたしはダスティン様にお預かりしたイヤリングを手に取り、ランプの光に透かす。
光に透かされた宝石は光のスペクトルを描く。
いまだに何の物語に転生したのか思い出せないわたしは、シナリオがわからないから、考えても考えても何が正解なのかわからない。
境界線のない虹がどこまでが藍色でどこからが紫色なのかわからないように、正解のわからない世界を生きている。
シーワード子爵の不正を暴けば、殿下とコーデリア様の恋が成就して、エレナの破滅フラグを回避できると思っていたのに。
今となっては、なにをしてもエレナがすることは破滅フラグに向かって行く気さえする。
せっかく転生したのにエレナのことを救えないのかもしれない。
──ねぇ。エレナ。エレナはどうしたいの?
心の中でエレナに尋ねても返事はない。
わたしはわたしが出来ることをしよう。
決意してイヤリングを握りしめる。
わたしに頼ってきてくださる、コーデリア様のために、ダスティン様が勘違いしていたことをお伝えしよう。
それくらいなら、殿下の恋路を邪魔したことにはならないはず。
コーデリア様のダスティン様への誤解を解いた上で、殿下にはダスティン様に負けないように頑張ってもらえばいい。
コーデリア様が殿下を選ぶのか、ダスティン様を選ぶのかは、二人が自分達で頑張ればいいことだわ。
ごめんね、殿下。少しだけ、ダスティン様に肩入れしちゃうわ。
わたしはダスティン様から預かったイヤリングを、思いついたいい事に使うため、再びハンカチに包んだ。