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66 エレナ、舞台に立つ

「エレナ様は、魔法を使えるというだけで王立学園(アカデミー)で『魔女』と蔑まれていたわたしに、優しく手を差し伸べてくれました。しかもそれだけじゃなく、身分も気にせず友達になってくださったのです!」


 スピカさんは舞台の上で叫ぶ。


 えっ? 話盛りすぎじゃない?

 確かに感じの悪いご令嬢に絡まれたけど、そもそもわたしがスピカさんに髪の毛とかしてもらったりして甘えちゃってたのが原因なのに。


「スピカさん、違うわ。むしろわたしが友達になってもらったのよ? こんなにすごい魔法が使えるスピカさんと友達になってもらえるなんて光栄だと思っているのよ」


 なぜかスピカさんが膝から崩れ落ちた。


「だっ大丈夫?」

「エレナ様の優しさに救われたのは一人だけではありません! 王立学園(アカデミー)では街の噂を信じ、エレナ様から距離を置き陰口を叩くようなものもいたというのに、エレナ様は気丈に振る舞い私たちを罰することなく広い心で受け入れて下さいました。また爵位などの地位にとらわれず分け隔てなく接してくださいます。王立学園(アカデミー)で騎士を目指す生徒たちはみなエレナ様のその高潔なお姿に感銘を受け忠誠を誓っております」


 わたしがスピカさんに気を取られていると、クラスメイトのオスト様が声を上げた。わたしが授業を受けるときはいつもスピカさんと逆側の隣に座っている。

 ほかにも顔見知りの生徒たちが同意の声を上げ始めざわめきが広がる。


「わたしはそんなつもりじゃ……」


 どうしよう。みんな勘違いしている。

 陰口に気丈に振る舞っているわけでも、心が広いから許している訳でもない。陰口は前世で聞き慣れてるってだけだ。

 騎士を目指すみんなが好意的なのは差し入れをしているからだけど、そもそも差し入れはスピカさんのついでだし、殿下が派遣した臨時講師のルーセント少尉がモテすぎてヘイトが溜まりそうなのを回避したかっただけなのに。

 

王立学園(アカデミー)だけでなく、王宮に女官見習いとしてご出仕された際も王太子殿下の婚約者だとでしゃばるようなことをせず裏方に徹し役人と同じ立場としてご尽力いただきました」


 今度はステファン様が立ち上がる。

 ステファン様はネリーネ様との結婚やマグナレイ侯爵家の跡継ぎに指名されたことで王都でも有名人だ。注目が集まりざわめきが大きくなる。

 嘘をついたつもりはないのかもしれないけれど、勘違いで間違えた情報を流布してはいけない。

 情報は正しく伝えないと。


「役人の皆さんと同じ立場なんて……わたしは王立学園(アカデミー)に通っているから女官見習いの立場でしかないわ。少しお手伝いさせていただいただけよ? 休む間も惜しんで働いていらっしゃるステファン様たちと同列にしていただくなんておこがましいわ」


 わたしみたいに片手間でお手伝いみたいなレベルと粉骨砕身職務にあたられる役人の皆さんを同列に語っちゃいけない。

 そりゃ全く仕事してないような役人もいたけど……


「わたくしもよろしいでしょうか?」


 ステファン様の隣に座っていた美人が立ち上がった。濃い金髪に青い瞳。少しツンとした鼻。

 もしかして……


「ネリーネ様⁈」


 にっこりと微笑むネリーネ様は百貨店(デパート)の視察で見た姿絵よりも美しい。

 

「エレナ様は『社交界の毒花』などと噂されていたわたくし相手でも臆することなくお茶会に誘ってくださいましたわ。人の噂に振り回されることなく、わたくし自身を見てくださる真摯なお人柄にわたくしは感銘を受けましたの」


 ステファン様以上にネリーネ様は王都で有名人で人気も高いのだろう。ネリーネ様の発言に観衆のざわめきはうっとりとしたため息に変わる。

 ああ、後ろめたい。ネリーネ様のこと転生者だって疑ってたから探りを入れるためにお茶会を開いただけなのに。


「ほら、みんなエレナの味方だ」


 殿下はわたしとお兄様の顔を交互に見て笑う。

 ムッとした顔のお兄様が殿下の耳元で何かを囁く。

 頭の上で交わす会話はよく聞こえない。

 ひそひそ話を終えたお兄様がわたしを見る。


「……エレナ。上がった幕は簡単に下ろせないからさ。覚悟しよう」


 何かを勝手に覚悟したお兄様は、一つ深呼吸をすると大げさにかぶりを振り、左手を胸に右手を前に差し出す。

 このまま独唱(アリア)でも歌い出しそうだ。

 嫌な予感しかしない。


「今、声を上げてくださる皆様がそうおっしゃいましても、私の妹は市井での評判はよくありません。今日もまた、妹が王太子殿下の婚約者になるのは許せない。王太子妃に相応しくない。と暴動が起き治安維持隊が出動しております。私は民意に反してエレナを婚約に据えるべきではないと思っております」


 さっきまでわたしの味方をしてくれていたお兄様が、急に自己保身に走ったようなことを言い出す。

 嘘をつくのが下手なお兄様が芝居がかった振る舞いをする時は、大抵たくらんでいる時だ。


「エッ、エレナ様は街で噂されるような方じゃありません!」


 あの声はトビーだ。人込みに紛れていたらしい。

 わたしのことを庇ったりしたらまた怪我をしてしまう。

 トビーに走り寄って守ってあげたいのに、わたしはまだ殿下に抱き寄せられたままだ。


「お願い! 道を開けてあげて! あの子は怪我をしてるんです」


 わたしが叫ぶとトビーの周りの人たちがよけて通り道ができた。トビーも舞台に降りてくる。


「トビー。怪我は大丈夫? 顔をよく見せて?」


 顔に触れて確認する。傷はきれいにふさがり、あざも薄くなっている。


「大丈夫です」

「よかった」


 安心して頬を撫でる。


「ほら! エレナ様はこんなに優しくてお綺麗で本物の女神様なのに」

「トビー待って! わたしのこと女神様だなんて言ったらまた殴られちゃうわよ」


 安心したのも束の間、トビーがとんでもないことを言い出してわたしの心臓は跳ねる。

 女神様の礼拝堂ならまだしもこんなところで……


「ああ。そうだったね。エレナを女神だと呼ぶと殴られてしまうのだね。そうかそれでは私も殴られなくてはいけないな」


 殿下はわたしを抱きしめていた腕をようやく緩めると、観客に向けてそう言い放った。

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