55 エレナと流行りのワンピース
嫌そうな顔のリリィさんに殿下も嫌そうな顔を隠さない。
「エレナの着替えを手伝うように指示したはずだが?」
「ええ。存じております。ですから着替えにご納得いただくように言葉を尽くしておりました」
近づいてくる殿下はキラキラと眩しい。いつもキラキラしてるけれど、今日は一段とキラキラしている。
どうしてこんなにドキドキするのかしら。
いつもと服装が違うから?
きっちりとした制服のブラウスとも、領地にいらした時に着ていらしたラフなブラウスとも違う。
シルク混の生地はたっぷり入ったドレープを金具で止めているけれどそれ以外に装飾はない。パーティで着るような華やかなレースのついたブラウスとも違う。
「私とお揃いでは嫌だろうか?」
わたしの手を取りたずねる。
そう。さっきリリィさんが勧めるワンピースによく似ていた。
つまり殿下とお揃いの服装で街を歩くってこと?
「ステファンが用意してくれたのだが、王都でいま一番人気のある服飾店の品だそうだ」
殿下の後ろで肩身が狭そうにステファン様が頭を下げた。ちなみにステファン様や同行するランス様も、殿下のブラウスほどドレープは贅沢ではないけれど、似たような意匠のブラウスを着ている。きっとこのあとリリィさんも着替えるのだろう。
なるほど。わたしはこのワンピースを着る意図を理解した。
「わかったわ。このワンピースはネリーネ様が出資されている服飾店の新作なのね? 殿下のように背の高い男性のサイズからわたしみたいに背の低い女性物までどんなスタイルの人物でもオーダーが受けられることをアピールするために流行り物に敏感な人たちがたくさんいる場所に行くってことね?」
リリィさんが「えぇ、まぁそういうことで」なんて曖昧な返事でごまかそうとしているのを横目で確認する。
以前ネリーネ様がワンピースを贈ってくれたのを思い出す。
ネリーネ様にはコーデリア様やメアリさん、ミンディさんにベリンダさんを紹介したけれど、知らない間に王都で一番人気の服飾店になっていたのね。
そういえばこの前ミンディさんがご結婚直前に開かれる夜会に紹介した服飾店でドレスを依頼したって話をお伺いした。有力な伯爵家なのだから多くの来賓の前で披露し関心をかったのだろう。
それにそもそもネリーネ様のウェディングドレスを作っているんだもの。ネリーネ様がいま人気なのであればドレスを作った服飾店が人気になるのも当然よね。
きっと殿下のことだ。この人気が上がっているタイミングでネリーネ様が出資している服飾店に王室御用達の印象を与えるような行動をとることで恩を売りステファン様を囲っておこうとお考えなのだろう。
お兄様がイスファーンの研究をしていたステファン様を王立学園の講師に推していたくらいだし、きっとほかにもステファン様を狙う派閥があるのかもしれない。
「もちろんわたしも協力しますけど……」
殿下の思惑はさておき、ネリーネ様に出資してもらった領地の編立工場の建設計画も順調に進んでいるし、わたしとしても恩を返さなくっちゃいけない。
だけど……
「わたしなんかじゃ販売促進にならないわ。むしろ足を引っ張ることになると思うわ」
いくら背の低い女性としてモデルになるだけって割り切っても、市井で嫌われ者のわたしは力不足じゃないかしら。
「そんなことありません! エレナ様の愛くるしいワンピース姿を見れば、みなこぞってエレナ様のお召しになったワンピースを求めるようになり、店は繁盛し、つっ妻も喜ぶと思います!」
「愛らしいだなんて……そんなこと言っておだてるなんてステファン様らしくないわ。お兄様の悪影響ね?」
嘘が下手なお兄様はわたしに「かわいい」とさえ言えば都合が悪いことを言わずにごまかせると思っている。
ついイケメンなお兄様にごまかされそうになっていたけれど、わたしはもうその手には乗らない。
「あ。いえ。どちらかというと王太子殿下の……」
「殿下の?」
「あっ、いえ。何でもないのでお気になさらずに……」
「顔色が少し悪い気がするけれど大丈夫ですかって……きゃ!」
ステファン様の顔色がみるみる悪くなると同時にわたしは後ろから強い力で抱きすくめられた。
「ステファンの顔色が悪いのはいつもだ。それよりエレナは着替えてくれるんだよね?」
「え? あつ、はい」
耳元でささやかれてつい頷いてしまった。