45 エレナと女神様の礼拝堂での騒動
女神様の礼拝堂に着き、馬車は止まる。
祭司様への挨拶のために先行するユーゴの後に続いて降りる。迎え入れてくれた子ども達はみんな笑顔だ。
「エレナ様おかえりなさい!」
「ふふ。みんな、ただいま」
トワイン侯爵家の祖である女神様を祀る礼拝堂だからか子ども達はわたしを「おかえりなさい」と言ってくれる。
今後のことを考えて後ろ向きになっていたけれど子ども達の笑顔はそんな気持ちを前向きにしてくれる。
「エレナ。わたしは置き去りなのかい?」
子ども達に手を引かれて歩き始めたわたしの後ろから声が聞こえて慌てて振り返る。
捨てられた子犬のような寂しげな顔にやらかしてしまったことを反省しても遅い。
「……あっ王太子さま。いらっしゃいませ」
子ども達も殿下が来るなんて思ってなかったのか緊張して挨拶をした。
「私は子ども達に嫌われてるのだろうか」
殿下は礼拝堂の廊下を歩きながら呟いた。
いつもわたしの手を引いてくれる子ども達は先に行ってしまいいまはわたしと殿下、その後ろにリリィさん達がついてきている。
「緊張してるだけだわ、だって殿下は我が国の──」
「子ども達に下賜したものを取り上げるような王子は嫌われて当然でしょうね」
わたしのフォローをリリィさんが遮る。
下賜したものを取り上げる? どういうこと?
わたしの疑問を察したリリィさんがため息をついた。
「以前王太子殿下が版画の姿絵をこの礼拝堂に贈ったのは覚えてらっしゃいますか」
「ええ。もちろん」
「あの姿絵を回収してしまったのです」
あの姿絵は、神話の一幕である「創世の神様」と「恵みの女神様」が胡桃の木の下で出会う場面を版画にしたものだ。
殿下がトワイン領の領都で手に入れた、こともあろうにわたしと殿下に似せて描かれた版画だ。
土産物屋が、領地のお年寄り達はみんなわたしを女神様扱いしてるから売れるだろうって、調子に乗って作ったと聞いた。
「やっぱり本物の女神様を信仰している場所であんなもの掲示するなんていけないものね」
「エレナ様何をおっしゃってるのですか。本物の女神様を信仰してるこの礼拝堂があの絵姿を飾るのに一番相応しい場ですよ。王太子殿下の私室に大切に保管されていることの方がおかしいんですから」
「一国の王太子の私室なのだから一番堅固な保管場所ではないか。それにいいか。あの姿絵は貴重な初版なのだぞ。メアリ夫人がどうしても今後のために初版が必要だなどというから仕方なしこの礼拝堂に下賜した姿絵を第二版の姿絵に交換しただけだメアリ夫人から初版の返却があれば元に戻すつもりでいる。その際は第二版のものを取り上げたりしない」
なるほど。メアリさんが欲しがったのね。
殿下の説明で納得がいったわ。
「メアリさんの婚家が、うちの親族から接収したブドウ畑と蒸留所がある村の管理してくださることになったから、そこの礼拝堂にでも飾ろうとしてるのね。トワインの民はみんな女神様の信奉者だから、女神様の礼拝堂に飾ってあった姿絵を借りてきたなんて言えば村人達も新しい管理者を認めるものね」
「……エレナ様。メアリさんがあの姿絵をどう使うのかはこの際どうでもよろしいのです。束で持ってる姿絵なのですからいくらでも周りに配れば良いのに、たった一枚だけしか下賜するつもりのない心の狭さが子ども達に見透かされていることが問題なのです」
納得して頷くわたしの手をリリィさんは握って首を横に振る。
「リリィ。エレナから手を離せ」
「いやです!」
「主の指示が聞けないのか」
「まぁ! 王太子殿下が私の主? ご冗談を私の主はエレナ様ですから」
「きゃー!」
「いいか。リリアンナ・コーディー上級女官。お前は王太子妃の筆頭侍女候補なだけで、まだエレナの専属女官や侍女になったわけではない。他のものに変わる可能性だってあるのだ」
「あら私以上に優秀で忠誠心のある女官も侍女も探してもそうはいませんわ」
「ちょっと! 殿下もリリィさんもちょっと静かにして!」
やいやい言い合う二人を制し、視線を受け止めてから口を開く。
「悲鳴が聞こえたわ」
わたしの声にしんと静まり返る。
「……はい。庭の方から子どもの悲鳴が聞こえました」
ランス様が小声で答えた。
「シリル殿下とエレナ様がこちらにいらしたことを嗅ぎつけた乱入者かもしれません。お二人は私とリリアンナの間にお入りください。リリアンナ。お二人をお守りするんだ」
殿下はサッとわたしを抱き寄せる。ランス様とリリィさんは前後でどこからか出してきた小刀を構えた。
「大丈夫だ。ああ見えてランスは強い」
殿下の腕の中でわたしは頷く。
いまはときめいている場合ではない。
わざわざ殿下がトワイン家の馬車に乗り換えしたのは、誰かに狙われているってこと?
それとも、嫌われ者のわたしがこのまま婚約者として発表されるのを防ぎたい人物から狙われていて……
バンっ!
ドアが勢いよく開く音で考え事が中断する。
抱きしめてくれている殿下の腕の力が強くなる。
「エレナさまっ! トビーがっ! トビーがぁぁ!」
殿下の腕の中からドアの方に顔を向けると、わたしによく懐いてくれているヴィヴィという女の子がたちすくんでいた。