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婚約者の座を譲って破滅フラグを回避します! ─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─  作者: 江崎美彩
第五部

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41 王太子殿下付き秘書官ステファンの困惑【サイドストーリー】

「へっ? えっ? つっ、妻と以前観に行った芝居の内容……ですか?」


 言葉を詰まらせた俺が次の言葉を出せないのは、妻という単語にまだ言い慣れていないからではない。


 俺は王太子殿下に抜擢され、秘書官として王太子殿下の執務室が職場になった。忙しいながらも日々充実した生活を送っている。

 今日も届けられた王太子殿下あての大量の書類の全てに目を通し不備がないことを確認し、承認をいただくために机の前に立ったところで、その質問を受けた。


「私とエレナが題材なのだろう?」


 若き主がおっしゃるように、王太子殿下とその婚約者であるエレナ様を題材にした芝居が王都で流行っている。

 操り人形のような王子と、悪役令嬢の物語として。


 どう説明すればよいのだろう。


 俺の言葉を待っていただくなんてあってはいけない。

 だというのにあの「くだらない芝居」を観にいってしまったことに対する悔恨の念は、どれだけ王太子殿下に忠誠を尽くしても晴れることはない。

 自らの口で「くだらない芝居」について語らねばならないのは辛く苦しい。


 部屋には俺と王太子殿下のほかは側近の補佐官しかいない。

 いつもなら何のために来ているのかわからないお坊ちゃんがずっと話をし続けており、むしろ雑談をとがめることが常で。王太子殿下が仕事以外のことを俺と話すことはほぼなかった。

 そのお坊ちゃんは最近イスファーン王国との大使館設立について両国の架け橋となるべく大物たちとの打ち合わせや、来賓としていらしている第二王子殿下の接待だとかで忙しくこちらに顔を出すことがない。

 静かで仕事がはかどると思っていたのに。

 くそっ。暢気なお坊ちゃんがいてほしいと思うだなんて……


「ステファン。観にいったことを責めているわけではないよ」


 俺の心を見透かしたような言葉に顔を上げる。

 まっすぐ向けられた真剣なまなざしは男の俺でも心を捕らわれてしまいそうだ。


「むしろ市井の民が夢中になるその芝居がどのような内容だったのか、私の優秀な忠臣であるステファンが観ていたことで仔細が聞ける。私は幸運だとさえ思っているのだから」


 身目麗しき王太子殿下の優美な微笑みに鏡を見ずとも顔が紅潮するのがわかる。


「失礼いたしました」


 俺は、あの日観にいったあの「くだらない芝居」の内容を王太子殿下にお伝えした。


 芝居の内容を聞き終わった王太子殿下は手を組んだまま目を閉じ、ため息をつく。


「……観衆はどのような様子であったか?」

「観衆は……」


 言いづらい。だがここまで話してしまえば観衆の様子を言おうが言うまいが同じだ。それに聞かれたのは俺の感想じゃない。ええい、ままよ!


「物語に没頭しているようで、物語に出てくる女官が王子の婚約者に虐げられる場面では声を上げ役者を罵倒するものがおりました。女官が王子への恋心を隠して王子のもとから去ろうとする場面ではすすり泣きが聞こえ、王子の婚約者である悪役の侯爵令嬢が断罪され二人の恋が成就すると芝居小屋が揺れるほどの大喝采でした」


 そんな「くだらない芝居」をネリーネに流行っているから強請られて観にいってしまったことを後ろめたく思う俺は、目が合わないようぎゅっと目をつぶり一気にまくしたてる。

 部屋の中がしんと静まり返った。そっと王太子殿下の顔を盗み見る。

 伏せた長いまつ毛が少し震えていた。


「……なるほど。観衆はみな物語の王子が初恋の相手である女官との恋に夢中になり、悪役のご令嬢を廃するのを喜んでいたのだな」


 王太子殿下はいつもの凛とした声はなく、小さな声でそう呟く。


「私は、王太子殿下とご婚約者様がどれほどお互いを大切にされているか存じております。お二人が市井の民が噂するような人物像でないことは私だけでなく共に仕事をさせていただいた多くの官吏が理解しております」


 俺の言葉では慰めにもならないかもしれない。そもそも王太子殿下を慰めようなどと驕り高ぶった考えで考えやもしれない。

 そう思いながらも、伝えないではいられなかった。


「なぁ。ステファン」

「は、はい」

「ステファンの細君は以前、随分と悪い噂が立っていたのだろう?」

「えっええ。そうです」


 急に話が変わり戸惑う。

 確かに妻であるネリーネは「社交界の毒花」などうれしくもない蔑称で呼ばれていた。とんでもなく派手でけばけばしかったのだから仕方のないことだろう。

 しかし今は……


「それが一日にして覆った。ステファンはなぜだと思う?」


 先ほどまでの憂いはどこかに、こちらを試すような視線に俺は再び口ごもることになった。

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