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39 エレナ、殿下からデートに誘われる

 今日は女神様の礼拝堂に慰問に行く日だ。

 玄関に向かう階段を降りているといつもよりちょっとだけおめかしをしたお兄様と目があった。


「お待たせしました」


 階段を降りながらお兄様に声をかける。


「ごめんね。急にやらなきゃいけないことができて、エレナに付き合えなくなっちゃった」


 眉尻を下げて申し訳なさそうにしてるけど口元はなんだか緩んでいる。


「やらなきゃいけないことって?」

「いまイスファーン王国の大使館を王都に設立しようとしてるでしょ? それで殿下には前から責任者になるように言われてたんだけど、めんどくさいし断ってたんだよね。でもほら僕ってイスファーン王国内からも結構信頼があつくってバイラム王子殿下からも是非って言われてね。未来の親族からのお願いは無碍にできないじゃない? で、今日来て欲しいって言ってるみたいだから、これからバイラム王子殿下のところに行かなくちゃいけないんだよ」


 肩をすくめてやれやれみたいな仕草をするお兄様を半目で見つめる。


「殿下からの依頼を断ってたなんて信じられない!」

「だって、王宮にいる偉そうなおじさん達の機嫌とりながら話をまとめるなんて僕の仕事じゃないもの」

「お兄様は殿下直属の補佐官になるのでしょう? いまから殿下の右腕として働かれたらいいじゃない。王立学園(アカデミー)の生徒は官吏見習いなのよ」

「僕は官吏見習いかもしれないけどまだ官吏ではないもの。いい? エレナ。責任者になったって名誉職扱いで大したお給金はいただけないんだよ? 官吏として給金を受け取った上で名誉職手当をもらうならまだしも、いま責任者になったら慈善事業だ」

「慈善事業だと思っても、バイラム王子殿下に頼まれたらやるのでしょう? それなら殿下だって同じよ。殿下だって未来の親族になるのだから殿下のお願いも無碍にしてはいけないわ」

「未来の親族?」

「そうよ。わたしと殿下が結婚したらお兄様は殿下の義兄になるのよ」

「ふーん。そっか。よかったね、エレナは殿下と結婚するってさ」


 お兄様はそういうとわたしから視線をずらしてへらりと笑う。

 視線を向けた先……階段の死角には両手で顔を覆う殿下が立っていた。


「えっ! あっ! 違うんです!」


 わたしは慌てて階段を駆け下り殿下の目の前に立つ。

 両手の隙間から覗く殿下の瞳に動揺が広がる。


「……違うのか?」

「あっ! ちがっ違くないけど……違うんです!」

「それでは理由が分からないな。私と結婚をしたくないというのなら何が理由か納得のいく説明をしてもらわないと、改善ができない」

「うへぇ。納得のいく説明されたら諦めるわけじゃないんですね。あーやだやだ」


 わたしが答える前にお兄様が揶揄う。

 いくらなんでも不敬すぎる。


「なぜ私がまたエレナを諦める必要がある?」

「こわっ」

「エレナ。遠慮する必要はない。何がどう違うのか? 違うというなら理由を教えてくれ。私はエレナと互いに何を思い考えているか、今どのような気持ちをもっているのかを口に出さねばならないと決めたのだ」


 真剣な顔が近づく。

 ううっ。顔がいい。


 サラサラと流れる淡い金色の髪の毛。

 陶器のように滑らかな肌をキャンバスに、見つめていると吸い込まれてしまいそうな深い湖の様な紺碧の瞳。それを縁取る長いまつ毛は、顔に影を落とす。

 薄紅色の柔らかそうな唇はギュッと閉じている。

 あるべき場所に、全てのパーツが正しく並んでいるかのような美しい顔に吸い込まれそうになる。


 ──王立学園(アカデミー)から逃げ帰ったあの日。

 わたしが記憶をなくしていたというのが勘違いだとわかった。

 ていうか、記憶をなくしてなかったわけじゃないんだけど、なくしてた記憶が思ってたものと違うというか……

 だって「『前世の記憶がある』っていう記憶をなくした」なんて思いつくわけないもの。

 とにかくわたしの勘違いがわかったあの日から、なぜか知らないけどとにかく殿下はわたしになんでも尋ねてくる。


「エレナは私と結婚をしたくないのか?」


 目の前の美しい顔が悲しみにくれる。


「うっうう。そういうことじゃないんです」

「じゃあ結婚してくれるんだな?」

「殿下。強引な男は嫌われるよ?」

「エリオットには聞いていない。そもそも私が知る限りエレナは強引な男は嫌いではないはずだ。幼い頃どのような物語を好むのか聞いた時に、前世は強引な怪物が主人公に執着して囲おうとする物語を好んで読んでいたと聞いたぞ」

「くっ黒歴史を明かさないでくださいっ!」

「クロレキシ?」


 殿下がたくさんコミュニケーションをとってくださるのはいいんだけど……

 記憶喪失と関係なく普通に昔の話すぎて忘れていた話まで蒸し返してきて立つ瀬がない。


 気を取り直してキョトンとした顔の殿下を見上げる。


「お兄様には殿下からの依頼は屁理屈を言わずに受けるようにお伝えしたかったのです。結婚……はその、わたしの気持ちはもちろんその、殿下と共にありますけど、そのわたしは市井の評判もよくないですし……」

「エレナを悪くいうような者は全てとらえて処罰してもいいのだよ? 私とエレナの前に障害になるものは塵芥ひとつ許すつもりはないのだから」

「だっダメです! いまわたしの悪口をいう人を捕まえて処罰しようなんてしたら、この国に誰もいなくなっちゃうわ!」

「私はエレナとこの世で二人きりでも構わないが?」


 ドロリとした重い空気に慌てる。目を細めているだけの瞳の奥に光が消えている。


「残念ながらエレナと殿下二人きりにはならないから。ほら、殿下。僕がバイラム王子殿下にお会いしにいく代わりにエレナを女神様の礼拝堂に連れて行ってくれるんでしょう? エスコートよろしくお願いしますね」


 お兄様はひらひらと手を振って玄関を出る。

 殿下は「私たちも行こうか」とわたしに腕を差し出した。

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