37 王太子殿下と淡い恋の物語【サイドストーリー】
談話室を追い出された僕は、エリオットが向かった応接室に向かう。
エレナに言われて部屋から出てきたけれど、そもそもここは王室の別荘で。
いまここの主である僕に出てけなんていうエレナに対して大人達が目を丸くして驚いていたのを思い出して、愉快な気分になってくる。
「エレナに出てけって追い出されたよ」
応接室で見つけたエリオットに伝えると頭を抱えた。
「えっと…エレナの事怒ってる?」
「うーん。僕は大人たちの反応が面白かったし気にしてないけど、多分大人たちは怒ってるかもね。あと、僕はエレナを押しつけて逃げ出したエリオットに怒ってるけど」
「ごめんね」
すぐ謝ってバツが悪そうにしていて憎めない。エリオットの向かいに座る。
「そういえばエリオットはエレナの誕生日プレゼントは何をあげたの?」
「屋敷に幽霊が出るなんて言うから、幽霊を退治しに行く約束をしたよ」
「それがプレゼントになるの?」
「なるよ。だってエレナが喜ぶならプレゼントでしょ?」
物を贈ることがプレゼントだと思い込んでいた僕は、物を贈らないプレゼントに驚いた。
でも……そうか。僕にお下がりの本をねだったのだって、エレナは本が欲しかったからじゃない。僕と一緒に感想を話したがっていた事を思い出す。
「今度はちゃんとエレナと話してくる」
「え?」
エリオットを置いて僕は慌てて談話室に戻る。
ソファに座っているエレナに近づいたらプイッと頬を膨らませてそっぽを向く。
僕はエレナの隣に座ると抱き上げ膝に乗せて顔を近づけた。
「僕が読んであげるよ」
「字が読めないわけではないもの。読んでもらう必要はないわ」
顔を赤らめながら不貞腐れるのを続けるエレナが可愛くて、自然と口元が緩む。
「また、わたしのことを笑うのね」
「おかしくて笑ったわけじゃないよ。可愛いなと思って」
目の前の丸いおでこに口付けをする。エレナは顔だけじゃなくて耳たぶまで真っ赤だ。
「読めたけど書いている内容に疑問をもったんだよね。どこが疑問だったの? わからないところは、僕が教えてあげる約束だったでしょ? 頭の中のエレナとお話ししてたみたいに僕にも教えてくれるかな」
真っ赤になったエレナはコクリと頷くと、ずっと眺めていた頁を開く。
「あのね。今まで読んでた神様のご本はトワイン領を護ってくださる女神様は『めぐみの女神様』って書いてあったの。なのになんでシリルお兄ちゃまのくれたご本には『ちぼしん』って書いてあるの? なんで? 違う女神様なの? 私は『めぐみの女神様』と『ちぼしん』のどっちにお祈りをすればいいの? それに『はじまりの神様』が大地を作ったはずなのにこのご本は『ちぼしん』は大地の女神様って書いてあるの。『はじまりの神様』と『ちぼしん』はどっちが大地を護ってくださる神様なの?」
エレナはちゃんと読んたから疑問が生じてそこから進めなかっただけなのに。
話も聞かないで、読めないのに無理して読まなくていいなど言ってしまった自分を恥じる。
「そうか。えっと『地母神』というのはね、大地の豊かな恵みを司る女神様なんだよ。だから『地母神』は『恵みの女神様』の事を言っているんだ。そうそう『豊穣神』とか『弥栄の女神』なんて呼ぶこともあるよ。あとね、『始まりの神様』が『恵みの女神様』に種を蒔いたことでこのヴァーデン王国は実りの豊かな恵まれた大地になったんだ。だから『始まりの神様』も『恵みの女神様』も王国の大地を護ってくださる神様だよ」
母上が読み聞かせをしてくれたときも色々説明してくれながら読んでくれていたのを思い出して、自分がしてもらった様にエレナにも優しく説明をする。
……謝らないと。
「ごめんね。エレナ。こうやってきちんと尋ねればエレナは僕に答えてくれるのに、僕の思い込みだけでエレナの話を聞かないで意地悪な事を言っちゃった。今度からきちんとエレナの話を聞くね」
「ううん。私もごめんなさい。きちんと考えてる事をお話すればシリルお兄ちゃまは聴いてくれたと思うのに、話もせずに拗ねてしまって可愛い妹じゃなかったわ」
僕のほうが悪いのに、お互い様にして謝ってくれたエレナを愛おしく思う。
話を聴く大切さ、思った事を口にする大切さを思い知った僕は、膝の上に乗せていたエレナをギュッと抱きしめてもう一度「そんな事ない。エレナは可愛いよ」と伝えた。