34 王太子殿下と淡い恋の物語【サイドストーリー】
僕は追いかけるために立ち上がると、ゆっくりとエレナ達が行く道を歩く。
泰然と歩きなかなか追いかけてこない僕に痺れを切らしたエレナは走った道を戻り僕の前に立ち塞がる。
「追いかけてくれないと、つまらないわ!」
腰に手を当てて見上げてくるエレナの頬は栗鼠のように膨らんでいた。
思った通りの展開に満足した僕はエレナを横抱きに抱き上げる。
「捕まえたよ」
「ズルいわ殿下」
エレナは悔しがって僕の胸を叩く。弱い力で叩かれてもくすぐったいだけだ。
「おや。最初にズルして僕にオニを押し付けたのはエレナだよ」
「……ごめんなさい」
ちょっとからかったつもりだったのに素直に謝り悲しそうに見上げてくるエレナがいじらしい。
「エレナのおでこは丸くて可愛いね」
額に口付けをして地面に下ろすと、さっきまで頬を膨らませて怒っていたエレナは恥ずかしそうにモジモジと身を捩る。
「じゃあ十数えたら追いかけておいで」
エレナの頭を撫でて、そう優しく声をかける。
「いーち、にーぃ、さーん……」
エレナが数を数え始めたのを確認して、エリオット達の元に小走りで向かった。
「エレナの遊びに付き合わせちゃってごめんね」
「なんでエリオットが謝るの? 僕の事を外に連れ出す様に言われたんでしょ?」
「それはまぁそうなんだけどね。僕は読書でも外に出ればいいと思ったんだけど、エレナがどうしても追いかけっこしたいなんて言うからさ」
エリオットのいいところは裏表なく思ったことを口に出すところだ。
「大人達に口出しされてることを簡単に明かしてしまっていいの? ほら。ランスが呆れてるよ」
「だって殿下が察しついてるのに僕が隠してもしょうがないじゃない。あ。エレナが近づいてきた!」
「──お兄ちゃまー! 待ってってばー!」
「待ったら追いかけっこにならないでしょー! エレナが追いかけっこしたいっていったんだからねー! ほら、殿下達も逃げて!」
そういって身軽に駆け出していったエリオットを、僕は追いかける。
先を行くエリオットから少し距離をとり僕はエレナが追いつけそうで追いつけない絶妙な距離を保ちながら丘の上に向かう。
後ろを振り返ると一生懸命走るエレナの顎が上がりふらついている。
そろそろ捕まってあげようか思案していると、エレナが石に躓いて転んでしまった。
エリオットとランスを制して助けに行く。
「大丈夫?」
「お膝が痛い」
「見せてごらん?」
泣いているエレナのズボンを捲り上げる。
怪我をしていないか確認すると、白くて華奢な足は膝が擦りむけていた。持っていたハンカチで擦りむけた膝を包み手当てをする。
「おいで」
背中を向けて屈むと、エレナはおずおずと僕の背中にその軽い身を預ける。
「ねぇ。これだとエレナと僕どっちがオニなの?」
「えっと。私がオニだったから殿下に触れたら殿下がオニになるけど、オニになった殿下に私も触れているから私がオニになるわ。そうしたらぐるぐる回ちゃう。どっちがオニなのかしら」
「じゃあ二人でオニって事かな? 早くエリオットとランスを捕まえよう。走るからしっかり掴まって」
そういうと僕は一気に丘を駆け上がる。さっきまで泣いていたエレナは僕にしがみつき「はやい!」と喜ぶ。
「エレナみたいな妹がいたら毎日楽しいだろうな」
「殿下がわたしのお兄ちゃまになってくれるの?」
「ふふ。そうだね。エレナは僕の妹になってくれる?」
「もちろんよ! 今日から殿下はシリルお兄ちゃまね!」
「お兄ちゃま」という響きがくすぐったくて声を出して笑ってしまう。僕の顔を後ろから覗き込んだエレナも嬉しそうに笑う。
「もうすぐ追いつくよ。通り抜けざまにちゃんと二人に触れるんだよ」
「はーい! 任せてシリルお兄ちゃま!」
心配そうに僕らを待っていたエリオットとランスにエレナは触れる。
「今度は二人がオニよ!」
まだ追いかけっこが続いているとは思わなかった二人が呆気に取られているのを尻目に思い切り走る。
エレナを背負ったまま丘の頂上に到着した。
眼下には真っ白な花畑が広がっている。
「……この丘にこんなに花が咲いているのを初めて見た」
「シリルお兄ちゃまがいつも来る夏には、もうお花の時期が終わっているからだわ」
「詳しいんだね。エレナはこの花が好きなの?」
「うん! わたし、マーガレットだーいすき!」
「可愛い花だね。まるでエレナみたい」
そういうとマーガレットに負けないくらい純真なエレナの笑顔が花開いた。