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33 王太子殿下と淡い恋の物語【サイドストーリー】

 私はあの夏を思い出す


 無償の愛を注いでくれた母上が流行り病で亡くなったのは私が十歳の早春だった。


 もともと身体が強い方ではなかった母上とはいえ、病に倒れて亡くなった事は突然だった。

 陛下(父上)は動揺を周りに悟られない様に今まで以上に公務に没頭していた。母上に似た私の顔を見るのも辛かったのだろう。顔を合わせる時間はどんどんと減っていった。

 と、この歳になれば父上の気持ちに思いも至るし、息子である私のことを蔑ろにしていたわけではなかったと理解している。

 ただ、あの時の私は家族と呼べる人間が誰もいなくなった様な虚しさに襲われ、部屋に篭り泣いてばかりでウェードたちを困らせるだけだった。

 あまりに塞ぎ込む私を心配したウェードが進言して、母上と毎年避暑で過ごした湖畔の別荘で長い休暇を取る事になった。


 訪れたトワイン侯爵領内にある王室の別荘には、いつもの避暑と変わらずトワイン侯爵夫人とエリオットそしてエレナが招待されていた。

 いつもと違うのは、今まで一度も別荘に来ることはなかった王室勤めの大勢の偉そうな大人達も同行したことと、いつもは夏の間のひと月ほどしか滞在しないのに、夏というには早い時期から秋にかけて長く滞在したことだった。


 最初のうちは気が乗らず別荘でも部屋に篭ってばかりだったが、エリオットやエレナに散歩だピクニックだと外遊びに毎日の様に誘われて少しずつ外にでる様になった。

 滞在の終わり頃には年相応の少年らしく遊びに興じ笑い声をあげる私に、ウェードは安堵し涙を流していた。




***




「ねぇ。殿下。今日は丘の上でメリーがお茶の準備をしてくれているのよ!」


 初夏の風を浴びながら湖畔の木陰で本をめくる僕の顔を、エレナは覗き込んだ。

 エメラルドみたいな瞳は、新緑に差し込む光のようにキラキラと輝いていた。

 自分の心の暗さと違って、あまりに眩しさに僕は目を瞑る。


「そう」

「だから、ここでご本を読んでいてもお茶は出ないのよ。ね。だから一緒に丘の上まで追いかけっこしましょ!」


 僕のやる気のない返事にもエレナはなんだか楽しげだ。

 別にエレナの侍女がここにいようがいまいが、ウェードが僕の後ろに控えているのだから、お茶なんていくらでも入れてもらえる。何も困ることは起きない。

 きっと大人達が口実はなんでもいいからとにかく僕を遊びに誘ってこいとでも言ったのだろう。

 小さな子供(エレナ)を使ってまで、僕が本を読むフリをしながら思索に耽ってるのを阻止したいのか。

 そう思って屈託なく笑うエレナに目を向ける。


「大人達に何を言われたか知らないけれど、僕は遊ぶつもりはないよ」

「遊ばないの? じゃあ殿下はご本を読みたいってこと?」

「うーん。まぁ、そうだね」

「じゃあ、わたしもお隣でご本を読むわ!」


 エレナは僕の隣に腰を下ろし積んである本をパラパラとめくり、読めそうな本を探している。

 残念ながら絵本のような類は持ってきていない。


「どれも難しそうな本だわ」

「別に無理して僕に付き合う必要ないよ。お茶だって飲みたくなればウェードに頼めるし。エレナはエリオット達と遊びに行っておいで」

「お兄ちゃまとはいつでも遊べるもの。いつもは殿下のご迷惑になるから遊びに誘ったらダメって言われるのに、今日は殿下といっぱい遊んできていいよって言われたのよ? だから殿下と遊びたいわ」


 エレナには大人達の策略が僕と遊ぶ許可としか伝わっていないみたいだ。

 このまま僕が本を読んで過ごしたら、大人達の策略がちっとも伝わっていないのにエレナは叱責されたりするのかな。

 それは流石に可哀想だ。少し遊んでいるフリでもすれば皆気が済むだろうか。


「僕と追いかけっこして遊びたいの?」


 そう尋ねるとエレナは満面の笑みで頷き立ち上がると、僕の背中に手を触れた。


「殿下がオニよ!」


 僕にオニを押し付けると、エレナは嬌声をあげてエリオットとランスの元にかけていく。

 大人の策略はちっとも伝わっていないのに、追いかけっこの策略はしっかり考えている事が可笑しくなって、自然と口元が緩んでいた。

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