32 王太子殿下と淡い恋の物語【サイドストーリー】
「ねぇ。殿下。僕ももうすぐ誕生日だから、僕のお願いを聞いてもらえる?」
トワイン侯爵家の面々とエレナの誕生日を祝い終わった後、珍しく神妙な顔をしたエリオットの自室に通された。
「あぁ、そうだったな。おめでとう。で、願いとは?」
「エレナに殿下のお嫁さんになる事はないんだから、親族のお茶会くらい参加するように伝えてください」
「お嫁さん? お茶会? どういうことだ?」
エレナもエリオットもなんの前置なく話の結末から切り出す癖がある。思いもよらない発言に面食らう。
「エレナったら小さい頃に殿下から『お嫁さんにしてあげる』なんて言われたのを口実にして人付き合いをさけてお茶会にでないでいるんだ」
「エリオットだってパーティーを面倒がっているだろう?」
「それは……もう去年で疲れたんだよ。そもそも去年は殿下の社交界デビューに付き合っていろんなパーティに参加してたんだよ? それなのに殿下がご令嬢たちをこれっぽっちも覚える気がないから、僕やオーウェンが愛想を振る舞わなきゃいけなかったんだ。そしたらご令嬢たちがいつの間に僕狙いになっちゃって、パーティに出れば沢山のご令嬢から次々ダンスに誘われてひっきりなしに踊らなきゃいけなくて疲れるし、疲れてるのに周りからはやっかまれたりするし。だからなるべく参加したくないだけなんだ」
「へぇ」
茶会でもパーティーでも参加すればご令嬢達に寄ってたかられて困っていたエリオットを不憫に思っていたが、私のせいにされた挙句、困ったふりをして自慢気にされるのはなんとなく面白い気がしない。
つい冷たい視線でエリオットを見てしまう。
「って、僕のことはどうでもよくて。エレナは親族のあつまるお茶会ですら僕の付き添いがないとうまく振る舞えないし、そろそろお相手を探すために知り合いをいっぱい作らなきゃなのに『昔、殿下がわたしがもしお嫁に行けなかったらお嫁さんにしてくれるっていってたから、お迎えにきてくださる可能性はゼロじゃないし、殿下の婚約者の方が発表になるまではもしかしたらわたしだって万が一のことがあるかもしれないわ。だから出会いの場に出る必要ないのよ』とかありえないこと理解してるくせにそんなこと言って、社交の場から逃げて本を読んでるか刺繍してるか編み物して外に出ないんだよ」
ようは人前に出ろと説得して欲しいということか。
エリオットが説得して聞かなかったことを代わりに言ったくらいでエレナが説得されるとは思えない。
そもそもエレナが社交の場に出ないのはトワイン侯爵家の問題だ。責任転嫁するのも気に食わない。
「丘の上を走り回っていたエレナからしたら、読書も刺繍も編み物もご令嬢らしい趣味ではないか」
エリオットの話を理解していないふりをして話を続ける。
「まぁ、ほどほどならそうなんだけど、エレナのは趣味を通り越して常軌を逸して狂気的だから。絹糸で刺繍したいからって普通のご令嬢は養蚕したりしないでしょ? そんなことするから田舎者扱いされるんだ。とりあえず僕はエレナに外の世界をもっと知ってほしいし、友達を作ったりしてほしいんだよ」
「それなら別に茶会ではなくてもいいのではないか? それこそアカデミーにでも通えば外に出ざるを得ない」
「エレナが人付き合いを避けて、趣味ばかりに没頭して縁談がまとまらなくっても殿下は責任取らないでしょ?」
「責任?」
エリオットは急に振り返ると入り口の扉を開く。
扉にへばりついていただろうエレナは体勢を崩して部屋に入る。
「ねぇ。エレナ。盗み聞きは淑女がすることじゃないよ。淑女らしい振る舞いすらままならないのに殿下のお嫁さんになんてなれるわけないじゃない」
「…………わたしだって殿下のお嫁さんになれるわけないのはわかっているわ。お願い、お兄様。社交会デビューするまでのあと一年くらい現実逃避させて。殿下の婚約者が発表されたらちゃんとお茶会に出るわ。それからお相手を探したって遅くないでしょ?」
エリオットにじっと見つめられて観念したのかエレナが口を開く。
「エレナがあと一年現実逃避してたくたって、殿下はもうすぐご婚約されるよ。そのために候補に選ばれたご令嬢達がお茶会やパーティーに呼ばれてご挨拶したりしてるんだから。いつまでも夢みたいなこと言ってないでちゃんと現実を見るの。そもそもエレナは本気で相手を探す気ある? 社交の場にでないで家に引きこもってたら、いい縁談だって転がってこないんだからね。このままだと傍系のどこかに頭を下げて嫁がなきゃいけなくなるよ」
「いやよ。みんな私のこと子供扱いしてる馬鹿にしてるのに……」
「じゃあせめてもう少し社交の場に出ないと」
「出たって、いつまでも背が伸びなくて子どもみたいなんて言われてるのにお相手なんて見つかりようがないわ! あと一年したらもう少し成長して淑女らしくなるかもしれないじゃない!」
エレナがおいおいと泣き出す。
言いすぎたことに気がついたエリオットは気まずそうに私を見る。
「……ということで、殿下が口実を与えた責任を取ってエレナに社公の場に出るよう説得してくださいっ!」
そう言ってエリオットは脱兎の如く逃げ出した。
まったく……
エリオットは小さい頃から、自分から首を突っ込んで引っ掻き回すくせに面倒になるとすぐ逃げ出す。
「エレナ。大丈夫?」
声をかけるとエレナの瞳は潤み、ハラハラと涙が溢れていた。
「……わたしなんて誰も見向きをしてくれないの。いつまで経っても背は伸びなくて子供みたいだし、何回かお母様やお兄様とお茶会に伺ったのだけど……話をすることはおろか周りのご令嬢方のように愛想笑いで話を聞くことすらできなくて。お兄様みたいに誰にでも如才なく振る舞う事が出来ないんだもの」
「そんなことで自分を卑下する事はないよ」
エレナは私の声かけにも耳を貸さず、かぶりを振り泣きじゃくる。
「卑下じゃないわ。現実なのよ。お茶会の中身なんて何にもないつまらない話で笑ったりなんて馬鹿らしいと思うのに、それすらできないわたしはもっとつまらない人間なのよ」
「そんな事ない。私は自分の意見をしっかり持っているエレナと話していると楽しいし、エレナといてつまらない思いをしたことなんて一度もないよ」
そうだ。
私は昔からたわいもないことから楽しみを見つけるエレナと話すのが楽しかったのだ……