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婚約者の座を譲って破滅フラグを回避します! ─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─  作者: 江崎美彩
第五部

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29 エレナ、殿下の気持ちを聞く

「チッ。邪魔が入ったか」

「嫌がるエレナを無理やり手籠にしようとするなんて信じられない! 離れてくださいっ!」


 凄い勢いでお兄様が駆け寄る。


「エレナは嫌がってなどいない」

「はぁ? 嫌がって逃げられたからエレナはここにいるんでしょう⁈」

「逃げられてなどいない。エレナは私の腕の中にいるではないか」

「殿下が無理やり拘束してるんでしょう! もう離してあげてよ!」


 わたしを引き離そうとしても、もちろんそこそこ鍛えてる程度のお兄様が殿下に勝てるわけがない。


「だいたいエレナも殿下にされるがままになってないで毅然とした態度を取りなさい」


 殿下と話してても埒が開かないと思ったのかお兄様の矛先がわたしに向かう。


「だって……」

「だってじゃないよ。エレナがそうやって安易に殿下に(ほだ)されたりするから、殿下が調子に乗って自分の都合がいいふうに話を持ってっちゃうんだよ」


 お兄様は引き離すのを諦めて、殿下に抱きしめられたままのわたしの頬を両手で挟む。

 頭の上からギリギリと聞こえる歯軋りの音に不穏な空気を感じる。


「エリオットは私の味方ではなかったのか」

「僕はエレナの味方であって殿下の味方ではありません」

「おにぃひゃま。しょんなこひょひっはららめひょ」


 これから殿下の下で働くのに「殿下の味方じゃない」なんて、いくら幼馴染で日頃大目に見てもらってるからって許される発言じゃない。

 わたしが偽物のエレナだと説明してる最中で、殿下に騙されたと糾弾されてもおかしくないのに、お兄様まで不敬な振る舞いをしていたら断罪どころの騒ぎじゃない。

 じっとお兄様を見つめるとお兄様は苦しげに顔を歪めた。


「エレナの誕生日に殿下をお呼びした時だって、エレナがお茶会でうまく立ち回れないから参加したがらなくてこのままじゃ出会いがないよなんて話をしただっただけなのに、子供の頃嫁の行き先を心配されるくらいお転婆なエレナに『何かあったらお嫁さんにしてあげる』なんてくだらない約束してたのを持ち出して『夢を叶えていいかな』なんてエレナのこと婚約者に決めちゃって。そもそもエレナの夢じゃなくて殿下の願望を叶えただけなのにさ。それでも僕はエレナが殿下のことを慕ってるって思ってたから協力しただけなんだよ。でもエレナが殿下から逃げ出しちゃうくらい嫌なんだったら話が違うでしょ」

「だから嫌がられてなどいない」

「殿下に聞いてません。ほら、エレナ。お兄様にきちんと説明してご覧?」


 エメラルド色の瞳は優しくて本当に心配してくれているのが伝わる。

 いつもエレナを大切にしてくれるお兄様に、いつまでも嘘をついているのは心苦しい。


「おにぃひゃま。てをはにゃひて」


 慌ててお兄様は手を引っ込める。


「わたしの話を聞いてくれますか?」

「もちろん」

「信じられないかもしれないけれど……」

「信じるよ。僕はエレナのお兄様だから。いつでもエレナの味方だよ」


 力強く断定されて胸を撫で下ろす。


「……春先に屋敷の階段から落ちたでしょう?」

「うん。そうだねって。えっ? なんの話?」

「とりあえず聞いてください」


 困惑した表情のお兄様に話を聞くように伝える。


「あの時わたしは記憶を無くしてしまったのはお兄様もご存知だと思いますけど、本当は記憶を無くしただけじゃないんです。実は大切な記憶を無くした代わりに前世の記憶を思い出したんです。だから、今ここにいるわたしは殿下やお兄様の知る本物のエレナではないの。記憶を無くして前世の記憶を思い出した偽物のエレナなの」

「はぁ? エレナは何言ってるの? ちょっと信じられないんだけど」

「もう! 信じるって味方だって言ったのに、どうして舌の根も乾かないうちに話を覆すんですか!」

「ええっ⁈ だって、エレナは小さい頃から頭の中に別の世界で生きていたエレナの記憶があるって言ってしょっちゅう頭の中のエレナとおしゃべりしてたじゃない。今更何言ってるの? ねぇ、また頭の中のエレナとおしゃべりしてこねくり回してろくでもない結論出してたってこと?」

「えっ?」


 心配して損したと言わんばかりの呆れ顔を見つめる。


「エレナは階段から落ちたはずみで、自分が前世の記憶を持っているという事を忘れてしまっていたようなのだ」

「ええっ?」

「それで、突然前世の記憶を思い出したと勘違いした私の可愛いエレナは、私からの手紙を読んで自分は私の愛したエレナではない偽物のエレナなのに私の愛を受け入れてはいけない。などと思い込んで身を引こうとしたみたいなのだ。いじらしいだろう?」


 嬉しそうな声の主は再びわたしを強く抱きしめた。

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