15 エレナの噂はお兄様のせい?
「僕のせい?」
キョトンとした顔のお兄様を睨みつけ、しっかりと頷く。
「えーっ。殿下がどうしても僕の可愛い妹と一緒の時間を過ごしたいなんて仰るから、王宮の官吏が殿下に報告があるっていうのを僕が代わって話を聞いたのに。殿下とエレナのためにこんなに身を尽くしているのに、どうして僕のせいになるの」
無駄に通る声のお兄様は、わたしたちが座るラグに断りもなしに座り込むと肩をすくめた。
殿下の手から身を引いてお兄様に身体を向ける。
「このラグは殿下がいらっしゃるからとウェードが用意してくれたもので、お兄様が勝手に座っていい場所ではありません。きちんと殿下に許可をおとりになってから座ってくださいませ」
「わかったわかった。ね、殿下座っていい?」
「…………構わない」
殿下はたっぷり時間をかけて許可すると調子ばかりいいお兄様を不愉快そうに見つめた。
「お兄様の言い草ではまるで殿下がお兄様に仕事を押し付けたみたではありませんか。代理で官吏から報告を聞いたって言ってもお相手はステファン様でしょう? そもそもそれはお兄様のお仕事なのではなくて?」
ステファン様は、殿下の秘書官に任命され引き続き殿下の元で働いていらっしゃる。
代理も何もお兄様は王立学園卒業後に殿下の補佐官として一緒に働くのを見越して、ステファン様からの報告はお兄様も窓口になっていると聞いている。
「僕か殿下のいずれかが報告を受ければいいのだから、僕じゃなくて殿下でもいい仕事を僕がしてあげたんだよ」
「いずれかでよろしいのであれば、お忙しい殿下の代わりにお兄様が話を伺えばよろしいんじゃありませんか」
「僕の可愛い妹は、僕にばかり厳しい」
お兄様はそう言って、いつも通りやれやれみたいな仕草をする。
「それです!」
「えっ。それって何? エレナってば相変わらず自分だけ納得して勝手に話を進めるんだから。ちゃんとわかるように説明してご覧」
わたしが鼻先に向けた指をそっと握っておろすと、今度は空いている手で頭を優しく撫でる。
優しい手にほだされそうになるのを必死に首を振り、目の前の笑顔を睨みつける。
こんなことで騙されないんだから!
わたしの迫力にお兄様は状況を察したのか、撫でる手を止めた。
視線を下に逸らしたお兄様を覗き込むと、今度は天を仰いで視線を合わせようとしない。
「ですから、お兄様が皆さまにわたしのことを『可愛い妹』なんて吹聴して回って、わたしの我儘に振り回されてるかのように振る舞われてたんでしょう? 今だって本来ならお兄様のお仕事でもあるのに、殿下がお兄様にお仕事を押し付けたような発言をされてるし。お兄様は悪意はないのかもしれませんけど、お兄様の発言を聞いた方がどう思うかまで考えてきちんと発言してください!」
一向に視線を合わせようとしないお兄様の顔を両手で挟む。
「お兄様っ! 聞いてますか⁈」
「……もうっ! エレナ待って! ちょっと殿下、エレナと話してるのに睨むのやめてよ!」
話を逸らそうとするお兄様の顔を挟んだまま、振り返るとわたしの後ろに座る殿下は眉間に深い皺を寄せていた。
わたしや殿下の悪評の一端をお兄様が担っていたかもしれないなんて思いもよらなかったもの。殿下だって怒って当然だ。
「ほら、殿下もお兄様を諌めてください」
殿下はわたしの言葉に頷く。
「いいか、エリオット。話をするだけであれば、エレナに触れる必要はないずだ」
ん? んん?
力強く言い放たれた言葉にわたしは首を傾げる。
「ほらよく見て? 僕が触れてるんじゃなくて、エレナが僕に触れてきているんです」
わたしの腕を掴んだ兄様は、ほらと言わんばかりにわたしの手のひらで自分の両頬をペチペチと叩く。
んんん? ちっともわかってらっしゃらない!
二人のイケメンがわたしを挟んで言い争いをしている内容のあまりの見当違いっぷりにため息をつく。
「……いったい何の話をしてらっしゃるの? わたしは皆さまにお兄様が調子の良いことばかりおっしゃって皆さまに誤解を与えてらしたことを怒ってるんです」
そう言って周りのご令嬢たちを見回すと、みな優しい微笑みを浮かべ首を横に振る。
「エリオット様が領地に戻られてないのは存じていましたし、エレナ様の名前をお出しになるのはわたくしたちが傷つかないように断る口実だってくらいわかってましたもの」
「ええ」
「王立学園にいる短い間、わたくしたちに素敵な貴公子様にお近づきになる夢を見させてくださっていたのだわ。エリオット様は誰を贔屓することなく、わたくしたち全員に等しく優しくしてくださいましたもの」
そう言って笑い合うご令嬢にお兄様はひらひらと手を振って応える。
他のご令嬢が控え目に手をあげて「話してもよろしいですか?」と尋ねた。わたしが頷くと、目をキラキラしたご令嬢が口を開く。
「王太子殿下が今まで以上にご公務でお忙しくしていらっしゃるのも、我が家の次兄が王室で文官をしているのでよく話に聞いておりますわ」
「ええ、うちの兄も王太子殿下に身を尽くされるエレナ様のことを称賛しておりましたもの」
「えっえっ、そんな……」
「うちの従兄弟なんて、エレナ様のこと『王宮の官吏たちにとって女神様なんだ。また王宮にいらっしゃらないだろうか』とかいうのよ。だからわたくし『あら、エレナ様は王立学園の愛の女神様だわ。コーデリアお姉さまの秘めた恋心に気づいてお二人がすれ違いを起こさないようにご尽力されたんだから。エレナ様をお慕いしているわたくしたちから奪わないで』ってお伝えしましたの」
「お慕いだなんて……」
口々に思ってもいないことを言われたわたしは顔が赤くなっているのがわかる。
「……エレナは私の女神なのに」
耳元で聞こえた呟きに耳まで熱くなる。恥ずかしすぎて後ろは振り返れない。
「おっ、お兄様! 何か殿下に用があっていらしたんではないの」
話をすり替えると、お兄様は思い出したようにポンと手を打つ。
「そうだ。ステファンが殿下に直接お伝えしたい事があるって言ってるから迎えに来たんだった」
「もう。そんな大切なことどうしてすぐ仰らないんですか」
暢気なお兄様の声にわたしは冷静を取り戻した。