22 エレナ、恋敵と対面する
「エリオット様。エレナ様。お待ちしておりました。どうぞ」
ドアの前で待っていた殿下の侍従であるウェードがわたしたちに声をかけた。
執務室に通されると、殿下がデスクに座って書類を読んでいるのが見える。
殿下の背後にはランス様が控えている。
そして、そのデスクの手前にある応接セットのソファに座る人影が、優雅に紅茶を飲みながら親しげに殿下とランス様に話しかけている。
誰?
キラキラ輝くシルバーブロンドが窓辺から入る光を拡散させる。
「やぁ。コーデリア様。ごきげんよう」
お兄様の声かけにゆっくりとこちらを向いた息を呑むほど綺麗な女性が、コーデリア・シーワード公爵令嬢だった。
真っ白な肌に腰の下まで伸びた緩やかなウェーブがかった豊かな銀色の髪の毛。
水色の瞳を縁取るまつ毛もフッサフサの銀色で、透明感があって、ガラス彫刻で描かれた美人画みたい。
ほんとにとにかく美女。語彙力なんていらないくらい美女。
コーデリア嬢の後釜にエレナは……残念ながら見劣りする。
そりゃ殿下もエレナを見るたびに、眉間摘んで嫌そうにするのもわかるよ。
「あら、ごきげんよう。エリオット様。この人ったら、急に一人で来るように呼びつけたのに理由もおっしゃらずにお仕事されてるものだから、わたくしも困り果てておりましたの」
親しげな「この人」呼びにドキッとする。
こちらの動揺なんて気にしないかのように、ふふっと笑う。
鈴が転がるようなってこういう声のことなんだろうな。
とても耳ざわりがいい。
コーデリア様の水色の瞳と目が合うと、にっこり微笑まれる。
圧倒的な美しい笑顔に、女のわたしでもドキドキする。
わたしのことを紹介していただかないと。お兄様に視線を送る。
「コーデリア様。紹介いたしますね……」
「コーデリア嬢。いまエリオットの隣にいるのが私の婚約者のエレナ・トワイン侯爵令嬢だ。そしてエレナ嬢。こちらはコーデリア・シーワード公爵令嬢だ」
殿下はお兄様を遮り、わたしたちを紹介する。
「先日コーデリア嬢からエレナ嬢を紹介してほしいと相談を受け、またエレナ嬢からもコーデリア嬢を紹介してほしいと相談を受けた。早いうちに人目のつかないところで果たした方がいいと判断して呼び立てした。急ですまなかった」
殿下は、一切すまないなんて思ってない事務的な口調で説明する。
わたしとお兄様にソファに座るように促し、デスクの上に置いてある膨大な書類に目を落とした。
いつも微笑みを絶やさない殿下を見慣れているからか、事務的な殿下の態度に背筋がヒヤっとする。
でも、殿下のおっしゃるように、殿下の元最有力婚約者候補と現婚約者が対峙しているなんてネタ、格好の餌食だわ。
自分の目の届く範囲で速やかかつ穏便に終わらせたいっていう事よね。
ソファにお兄様と座るとウェードがお茶の給仕をしてくれる。
それぞれにお茶とお菓子を準備してもらってる間の沈黙が重い。
殿下の書類をめくる音や、食器が机に置かれる音がよく聞こえる。
殿下にコーデリア様の事を紹介してほしいと言ったけれど、いざ対面すると何を話していいのか分からない。
どう切り出したら自然かしら……
「……いいお天気ですね。さっき中庭に行ったら風が気持ち良かったなぁ。新緑の時期は本当に気持ちがいいですよね」
巻き添いを食ってこの場に居合わせるはめになったお兄様が、沈黙に耐えきれずに無難な話をコーデリア様に振る。
「あら。わざわざ天気なんてたわいもない話をしにいらしたの? わたくしを紹介して欲しいって事は、何かわたくしに話をしたい事があるのでしょう? お伺いしましてよ」
そう言って髪の毛をかきあげると光が乱反射してキラキラと眩しい。
ゆっくりとわたしに視線を合わせて微笑みをたたえる。
殿下の言い方だと、コーデリア様もわたしに会って話したがっていたような感じだったのに、主導権はいつの間にかコーデリア様が握っている。
取り繕っても敵う相手じゃない。
「はじめまして。コーデリア様。差し出がましい話かと存じあげますが──」
***
わたしは必死にコーデリア様に、殿下もわたしもシーワード公爵領の現況に心を痛めている事、殿下の事を信じて頼っていただきたい事、そして殿下を頼るときに、わたしにはなんの遠慮もいらない事をできる限り自分の言葉でお伝えしようと熱が入る。
捲し立てるようにひとしきり話終わってコーデリア様を見ると、顎に人差し指を当てて小首を傾げていた。
あれ……? 伝わってない?
「エレナ様のお話はおしまいかしら? ならわたくしからもお話してよろしくて?」
美しいコーデリア様にじっと見つめられたら頷くしかできなかった。
「わたくしの事を姉の様に慕ってくれる子達がエレナ様にあまり良くない態度をとっているのは知っているの。エレナ様が気に病んでいらしたら申し訳ないと思っているのだけれど、いかがかしら?」
「いえ。コーデリア様がお気になさる様な事ではありませんので……」
わたしのその言葉を聞いてコーデリア様はにっこり笑う。
「よかった。ではもうしばらく我慢なさっててね。わたくし、今はまだ殿下と婚約ができなかった悲劇の公爵令嬢でいる方が都合がいいものだから。では失礼しますわね」
そう言ってコーデリア様は立ち上がり、ウェードに挨拶をして去っていった。
周りを見ると、顔を手で覆って俯くお兄様、書類を読む手を止めて眉間を揉んでいる殿下と、ランス様が無表情で殿下を眺めていらっしゃった。




