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11 エレナ、久しぶりに訓練に顔を出す

「殿下。お戯れが過ぎますよ」


 聞き慣れた麗しの声に叫び声をあげていたご令嬢たちがまた黄色い悲鳴をあげて道を開ける。


「お兄様!」


 手を振りながらご令嬢でできた人垣にひらいた道を愛想よく歩くお兄様と、いつも通り冷ややかな表情を浮かべたランス様がわたしたちに向かってくる。


「シリル殿下。本日中にご確認いただくべき書類のご準備が完了しております」


 ランス様からは声にならない「とっくに」というセリフが聞こえた。

 ほら、やっぱりお忙しかったんじゃない。

 見上げるわたしに殿下はしょんぼりとした表情を向け、その奥から冷ややかなランス様の視線が突き刺さる。


「今日くらいは、エレナと睦まじく過ごそうとしたのに邪魔がはいってしまったな」

「そんなこと言ってはいけないわ。殿下はランス様と一緒にご公務に戻られて? わたしも今から中庭に向かいますので」

「中庭?」

「いつものように王立学園(アカデミー)の中にある執務室でお仕事をされるのでしょう?」


 殿下は王立学園(アカデミー)の中に執務室が用意されている。

 何回かわたしもお伺いしたことがあるけれど、殿下はいつも山積みの書類に囲まれていた。


「中庭は執務室の窓が面しておりますでしょう? わたし、中庭から殿下を応援していますね」

「私を応援……」

「ええ」


 しょんぼりした顔がぱっと明るくなる。


「ランス待っていろ。エレナが『私のために用意した胡桃のケーキ』を食べたら向かう」


 殿下はわたしの手からおもむろに残っている胡桃ケーキを食べた。


 ひゃああああ!


 動揺するわたしの顔をじっと見据えて口元についた菓子くずを舐めとるように舌がぺろりと動く。わたしの指に視線がうつる。

 殿下の視線の先にはわたしの指についた菓子くず。


 ひゃああああ! このままじゃ指まで食べられちゃうぅ!


「お戯れが過ぎますよ。殿下のせいでまわりのご令嬢たちがみんな倒れちゃいますから」


 殿下の肩をお兄様が掴む。わたしはその隙に手を引っ込めて指先についた菓子くずを払う。


「私がご令嬢たちに何をしたと言うのだ。私はエレナしか見ていないぞ」

「ほらそういうこと言うからご令嬢達が虫の息だ」


 殿下自身の気持ちがどうであれ、殿下はご令嬢達にとっても憧れの的だもの。

 わたしばかり構っていただくわけにいかない。


「そうよ。みなさま殿下のことお慕いしてらっしゃるのよ? それなのにわたしばかり気づかいいただくわけにはいかないわ。みなさまの気持ちを考えて差し上げ……むぐっ」


 急にお兄様の人差し指で唇を塞がれる。睨んでもいつも通り肩をすくめるばかりだ。


「何もわかってないエレナがしゃべると話が拗れるから静かにしておこうか」

「まひゃおひぃひゃまは、わひゃひがなひもわはってにゃいっへいふお!」

「ちっともわかってないでしょ」

「ええ。そうです。エレナ様はちっともわかってませんからお静かになさってください」


 お兄様だけじゃなくいつのまにか戻ってきたメアリさんまで加勢する。

 メアリさんは胡桃ケーキを配っていたんだから話なんてきいてなかったはずなのに!


「めあひひゃんまへひほいわ!」

「いつまでエレナの唇を塞いでいるつもりだ」


 騒ぐわたしたちを殿下はじっとりと睨む。お兄様はぶるりと身震いをして、やっとわたしから指を離した。


「はい。もう塞いでません。では、ちゃんと僕が責任持ってエレナを中庭まで連れてくので殿下はさっさとお仕事に戻られてください」

「エレナ。書類の確認が終わったらすぐ戻るから待っていておくれ」


 殿下はそう言って私の手を取ると手の甲に唇をおとす。

 ゴホン。とランス様の咳払いが聞こえた。


「確認いただきたい書類のほか、ハロルド・デスティモナ殿とステファン・マグナレイ殿が王宮から出向いております。この後少しお時間をとっていただけないかと申しておりますので、すぐ戻るお約束は難しいかと存じます」


 久しぶりの名前にハッとする。毎日のように王宮に出仕していた時にとっても親切にしていただいていたのに、お兄様が領地の事業でまとめなきゃいけない話があるからとかなんとか言って、急に王宮に行かなくなってしまった。

 結局、事業についてなんてわたしは少し書類を書くのを手伝ったくらいで、ほとんどお父様とお兄様と家令のノヴァが話を進めるばかりで、ユーゴに女神様の礼拝堂に連れ回される日々だった。

 ……まあ、王宮の役人達にわたしの正体がバレて居づらくなっちゃったから、結果オーライっていったら結果オーライなんだけど。

 でも、特に親切にしてくれたお二人には会って直接お礼とお詫びをお伝えしたいわ。


「ハロルド様やステファン様もいらしているならわたしもお伝えしたいことがあるからご一緒してもいいかしら?」

「へぇ。あの二人に伝えたいこと……ね」

「エレナっ! 本当に静かにしておこうね! ね!」


 お兄様はわたしの肩を掴んで首を横に振る。


「ちゃんと中庭に連れて行って、休憩時間中うろうろしないようにメアリ夫人とスピカ嬢を見張につけるから安心してお仕事に戻られてください。僕もエレナを中庭に連れて行ったらお手伝いに伺いますので」

「お兄様ばかりずるいわ! わたしだってお会いしたいわ」

「エレナ。しぃっ! ほら中庭に行くよ! メアリ夫人。スピカ嬢探して一緒に中庭に来てね」


 お兄様に腰を抱かれて強引に中庭に連れて行かれたわたしは、去り際に殿下に手を振ることしかできなかった。

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