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6 クラスメイトのオストは王太子の記憶に刻まれる【サイドストーリー】

「殿下。こちらがオスト・グルアジ男爵令息でいらっしゃいます。講堂ではいつも、スピカさんとオスト様の隣に座らせていただいてます」

「へぇ。いつもね」


 先ほど女生徒達の黄色い悲鳴にオスト・グルアジが顔を上げると、エレナが王太子を伴って講堂に入ってきたところだった。

 とろけるような熱のこもった眼差しはエレナが席の案内をしている最中も続いていた。

 座席についての説明に頷くと、自身の婚約者に熱を注いでいた王太子の視線がオストに向けられた。

 その視線にはすでに熱はなく、光のない冷たい青い瞳に捉われる。

 まるで獣に狙われた獲物のようにオストは視線を逸らすことはできない。


「いつも私のエレナの隣に座っているオスト・グルアジだね。しっかりと覚えたよ。さて、エレナ。今日は私がエレナの隣に座っていいかな?」


 王太子が再びエレナに顔を向けた時には先ほどの冷たい表情は消失し優しく微笑んでいた。

 席を譲るためにオストは慌てて机に広げた教本(テキスト)を閉じ、王太子に席を譲る準備をする。


「殿下ったら何をおっしゃるっているの? 殿下は普段受講されていないのですから、空いている席にお座りになってください」

「……講義は座席が決まっていないはずだが?」

「暗黙の了解というものがあるのです」


 王太子相手でもいつものように毅然とした態度を崩さないエレナに講堂内にざわめきが起きた。


「あ、あの、自分はどこの席でも構わないので……」

「いいえ、オスト様。構います」


 逃げ出したい気持ちから発したオストの発言をエレナは遮ると、不満を隠さない青い瞳を見あげた。


「殿下。空席はたくさんあります」

「エレナは、私よりもこの男の隣に座りたいということなのか」

「そんなこと言ってません。この席はオスト様がいつも座っている席で、殿下が権力を笠に取り上げていい席ではないと言っているだけです」


 正義感の強い少女は相手が誰でも一歩も引かない。

 唇を噛み締め嫉妬に狂った表情を浮かべる王太子に睨みつけられたオストは身震いをする。


(くっそ。誰だよ。王太子とエレナ様の婚約は王太子の相手がいないから仕方なく決まっただけで、無能で不能な王太子はエレナ様になんの感情も持っていない。他に王太子妃に相応しい相手がいればいつでもすげかえられる。だなんて町で言ってまわってるやつ! 噂は当てにならないなんてもんじゃねぇじゃねぇかっ……)


 オストは心の中で毒づきながら、どうこの事態を乗り越えればいいのか途方に暮れた。




***




 ──数日前。


「なあ、本当に王太子殿下の生誕祭でエレナ様との婚約発表をされると思うか?」


 その日も昼の鍛錬が終わり配られた差し入れを頬張りながら仲間内で雑談が繰り広げられていた。

 配られた差し入れの焼き菓子をまじまじとみながら一人が呟いた。


「どうだろうな」

「また街で王太子殿下とエレナ様の婚約を反対するやつらが騒ぎを起こしたんだろ?」

「ああ『わがままで癇癪持ちの王太子妃なんて認めない』『国民が認めない婚約発表に俺たちの血税を使うな』ってやつだろ?」

「ああ。治安部隊がすぐ鎮圧したけど、治安部隊の奴らが軍部を通じて民の声は伝えているなんて言って回ってるらしいな」


 王立学園(アカデミー)に通ってからは馬鹿らしいと吐き捨てていたエレナに対する醜聞は、いまだに町では真実のように語られていた。


「何言ってるのよ! 婚約発表されるに決まってるわ! だって王太子様はエレナ様のことご寵愛してやまないんだから」

「またスピカの妄想が始まった」


 現在エレナは自身の兄と海向かいの隣国(イスファーン)の姫君との婚約の諸手続きに尽力するために、自身のイスファーン語の能力を活かし王宮に出仕している。

 多忙にも関わらず差し入れという形で自分たちに思いを寄せてくれているエレナを悪きにいうものはここには居ない。

 それでもスピカの発言は誰も肯定しなかった。


(エレナ様が噂と違って女神のようだとだとしても……。まるで血が通ってない人形のような王太子がエレナ様を溺愛してるだなんてありえない)


 オストだけでなく、皆そう思っていた。


「わたしの妄想じゃないわ! 貴族のお嬢様方だって『エレナ様は王太子様が幼い頃からマーガレットの妖精と呼んで特別視されてた』って噂してるんだから」


 肩をすくめるオスト達に向かい、ピンクの髪を揺らしながらスピカが声を上げた。


「それはシーワード公爵家のお姫様が流したって噂だろう?」

「王太子殿下の婚約者候補筆頭だったシーワード公爵家のお姫様が好きな男と結婚が決まったにも関わらず、派閥の貴族たちがまだ王太子妃になるよう画策しようとしてるのを牽制するためだって聞いたぜ」

「そうそう。噂してんのだって、ご令嬢たちの中でもシーワードの姫様に媚び売ってる取り巻きばっかじゃねぇか」

「違うわよ! 派閥と関係ない、ハーミング伯爵家のミンディ様やケイリー伯爵家のベリンダ様たちもそんなお話されてたわ」

「でも、最近その二人だってシーワードの姫様にべったりじゃん」

「そうなんだけど……」


 口々に否定されてピンクの髪の毛がしょんぼりと項垂れる。

 胸が苦しくなったオストはスピカを見つめる。

 

「別に俺たちだってその噂が本当だったらいいなとは思ってるんだ」


 スピカを慰めるために言った言葉はオストの本心だ。


「そうそう。俺たちは『王太子妃』を護りたいんじゃなくて『女神様』をお護りしたいんだからさ」

「そうだよ。せっかく難関試験を突破して近衛騎士になったのに、王太子妃がエレナ様じゃなかったりしたら士気に関わるもんな」


 しんみりとした雰囲気に耐えきれず、みな差し入れの焼き菓子を頬張った。




***




「あの! わたしが席を移動してもいいでしょうか」

「スピカ嬢が席を譲ってくれるのかな」

「はい! 是非!」


 こう着状態を打破したのはスピカだった。


「スピカさん。気を使わなくてもいいのよ」

「気を使うなんてとんでもない! わたしが、エレナ様と王太子殿下が並んで座ってらっしゃるのを見たいんです! 見せてください! こちらへ是非!」


 スピカはそう言って勢いよく席を立ち王太子に席を譲った。そのままオストの席の前に立つ。


「……オスト、ちょっと詰めてよ」

「はっ? なっ……」


(ちっ近いっ‼︎ うわ! いい匂いするっ!)


 耳元に囁かれて、動揺したオストは声が裏返る。慌てて声を顰めた。


「……空席はたくさんあるだろ」

「……だってわたしだってエレナ様の隣がいいもの」

「……じゃあ俺が席を移るよ」


 立ち上がろうとするオストの肩を押さえつけようとする力は、伊達に鍛錬を重ねていない。


「……そんなことしたらエレナ様が気にされるでしょ。長椅子なんだし、詰めれば三人座れるわ」


 無理やり座ってきたスピカの身体が触れ、オストは顔が熱くなるのを感じた。


 ──そして赤かったオストの顔が、したり顔のエレナからの目配せとそれに嫉妬する王太子の視線により、青い顔のまま講義を受ける羽目になるのはあと数分後の話だ。

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