3 エレナ、殿下と王立学園に通う
注目を浴びながらいつもの講堂にたどり着く。わたしは入り口の前で頭を下げる。
「送っていただきありがとうございました」
「はは。私もエレナと一緒に授業を受けるんだよ?」
「そっそうなんですね」
殿下はもう卒業間近だし、すでに一般教養は修了済みのはず。どうして今更?
快活に笑う意味がわからないのに、顔の良さに圧倒されて頷いてしまった。
「エレナはいつもどこに座るのかな?」
殿下はウェードから自分とわたしの荷物を受け取ると、わたしに席の案内を促す。
「いつもはスピカさんの隣です」
スピカさんのストロベリーブロンドのツインテールは目立つ。探さなくても視界に入る。殿下もスピカさんのことはご記憶があるのか、すぐに見つけて「あそこだな」と呟いた。
スピカさんは人に嘘を言わせないなんていうすごい魔法が使えるから、平民だけど特待生として王立学園に通って騎士になるのを目指している。優秀な人材を把握しているのは上に立つものとして当たり前のことなのかもしれない。
それでも、殿下がわたしのお友達であるスピカさんを知ってくれているのは、とても嬉しい。
殿下から「行こう」と笑顔を向けられる。荷物を片手にもう一方の手で手を引かれ、わたしたちはスピカさんの元に向かった。
「スピカ嬢。おはよう」
「おっおう、おう、王太子殿下! おはようございます‼︎」
声をかけられたスピカさんがオットセイ並みにおうおう言いながら勢いよく立ち上がり頭を下げる。ガタガタと椅子が動く音が響き、一斉に視線を浴びる。まあ、すでにみんなソワソワと気にしてたから、振り返る口実ができたってことだろう。
不躾な視線の中でも、殿下は泰然と微笑んでいる。
「今日からまたエレナが王立学園に通う。エレナの身に何も起きないように護衛を任せよう」
「はい! お任せください! エレナ様の身はわたしの命に代えてでもお護りいたします!」
スピカさんは殿下の言葉に嬉しそうに拳で胸を叩いた。
周りのざわめきが大きくなる。
そうだ。髪の毛を結び直してもらったときにスピカさんを侍女扱いしてると揶揄する声を聞いた。
その時はスピカさんのことを魔女なんて言って感じが悪かったから反論したけど、そもそもわたしがスピカさんに髪の毛を結び直してもらったのだってよくなかった。
いまでも髪の毛が乱れると自分で上手く直せないからスピカさんに甘えちゃうけど……
侍女扱いのうえ護衛扱いまでしてるなんて、周りからなんて言われるか。
それに……
「スピカさんはわたしの大切なお友達よ。命に代えてでもなんて言わないで」
スピカさんは、王立学園で出来た初めてのお友達だもの。
王立学園にいる間だけでも対等でいたい。
スピカさんの手を握ると、ウルウルとした瞳でわたしを見つめ「やっぱりエレナ様は女神様です」なんて言い出すし、殿下は当たり前とばかりに頷いている。
周りの視線が痛い。
「も、もうすぐ先生がいらっしゃる時間よ。席につかなくちゃ」
そう言ってわたしはその場を収め……られなかった。
席に座るにも一悶着が起きた。
わたしの隣はいつもスピカさんで、通路を挟んだ隣にはオスト・グルアジという男子生徒が座っている。
今日はわたしの隣に殿下が座ることになり、スピカさんが移動してくれた。
通路を挟んで隣に移動したスピカさんは男子生徒達を詰めさせて、広めの二人がけの席にぎゅうぎゅう詰めで三人座っている。
申し訳なく隣を見ると、スピカさんに密着されてオスト様は満更でもない顔をしている。
そうか。そういうことね。スピカさん可愛いもんね。
オスト様は騎士を目指していたから、スピカさんと一緒に行動することも多いはず。
恋の気配にニヤニヤしそうになりながら二人を観察していると、わたしの視線を感じたのかオスト様と目があった。
両手で握り拳を作り応援してますアピールを送る。
オスト様の顔がカァっと赤くなった。
ピュア!
「エレナ。そんな可愛いらしい顔を、周りに見せたりしてはいけないよ」
横から聞こえた声に顔を向けると暗い目でこちらを見ていた。
オスト様とスピカさんの声にならない悲鳴が聞こえる。
その表情はいままで何度も向けられたことがある。
王宮の役人でよくしてくださったハロルド様やステファン様とお話ししている時や、イスファーン大使としていらしているバイラム王子殿下とお話ししている時に向けられていたものだ。
なんなら弟みたいなユーゴ相手に話していた時にも向けられてたし、お兄様相手の時でもよく向けられていた。
わたしを非難する視線だと思っていたけれど。、
ずっと嫉妬混じりの独占欲をむき出しにされていたことに気づく。
「殿下……」
「いや、私の腕の中にエレナを匿って誰にも見せたくないなどと浅ましい気持ちを晒すなど、狭量だったな」
そう言って切なげに微笑む殿下の顔をみた女生徒達の悲鳴が教室内にこだまし、タイミングよく講堂に入ってきた先生は何事かと驚いていた。