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2 エレナ、殿下と王立学園に通う

「うへっ」


 物思いにふけっていたわたしとは逆側の窓の外を眺めていたお兄様が貴公子らしくない声を出す。

 お兄様の視線を追うと、王立学園(アカデミー)の馬車止めに人だかりができていた。


 なんだろう。


 馬車はゆっくりとスピードを落として止まる。


「エレナ。早く馬車から降りなよ」

「ひどいわ。お兄様ったらエスコートしてくださらないの?」

「無理無理。僕がエスコートなんてしたら、呪われそうだもん。勘弁してよ」


 お兄様は身震いする。


 この世界は魔法も呪いもあるけれど……

 いつもしてくださるのに今日に限ってなんで急にそんなこと言い出したのかしら。


 考え事をしているとドアが開いてイケオジが頭を下げた。我が家の従僕達は横で助けを求めるようにわたしを見ている。


「おはよう」


 イケオジのウェードの後ろから凛とした声が聞こえる。


「私のマーガレットは、今日も愛らしく咲き誇っているね」


 さらっさらの淡い金色の髪にまるで湖のような深い青の瞳。整った顔を破顔させてわたしに手を差し出した殿下の後ろで、女生徒達の悲鳴が上がる。


 えっと。確認するまでもなく「私のマーガレット」ってわたしのことよね。

 どうしよう……

 殿下がエレナのことを好きだと言ってくれたからって、エレナの悪評が消えたわけじゃない。

 小太りで醜女で癇癪持ちのわがままなご令嬢だって周りはみんな思ったままなのに。

 ようやくイスファーンとの交易が片付いて久しぶりに殿下が王立学園(アカデミー)にいらっしゃった。

 女生徒達からしたら、なかなかお会いできない憧れの王子様が久しぶりに顔をせたと思ったら、悪評高い婚約者に甘言を囁いているなんて許せないに違いないわ。

 どうしていいかわからなくてわたしが戸惑っていると、殿下はわかりやすく肩を落とした。


「……私よりもエリオットのエスコートの方がいいのだろうか」

「ちょっと! そんなところで拗ねないでください! ほら、エレナ早く殿下の手をとって」

「えっ⁈  あっ、はい」


 後ろからお兄様に急かされてわたしは慌てて殿下の手を取り馬車を降りる。


 キラキラの王子様然とした殿下の笑顔を浴びて、わたしもご令嬢らしい微笑みを浮かべる。


「殿下。おはようございます」

「愛くるしいエレナの笑顔を今日誰よりも先に見ることが出来るだなんて、私はこの世で一番の果報者だ」


 殿下はわたしの手を握ったまま離さない。


 お兄様は「エレナの笑顔を真っ先に見たのは殿下じゃなくて僕ですけどね」なんて家族なんだから当たり前なことを言いながら、私に続いて馬車を降りる。

 そもそも、そんなこと言い出したらわたしが今日朝一番先に笑顔を向けたのは、お兄様じゃなくてメリーだわ。

 殿下はお兄様の発言は聞く気がないらしい。握ったままのわたしの手の甲を撫でる。


 ひえぇぇ。


 女生徒達の悲鳴が止まらない中、殿下はようやく手を離すとわたしの腰を抱き寄せる。


 ひょえぇぇ。


 顔が熱い。鏡を見なくても顔が赤いのがわかる。


「エレナ」


 顔を覗き込み、名前を呼ぶ声は甘い。


「はっはい」

「今日も私の最愛は可愛いらしいね」


 そう言って空いている手でわたしの髪の毛を一房すくい、唇を落とす。


 …………!


 周りの女生徒達は悲鳴だけでなく、とうとう目眩を起こしたかのように倒れたり、座り込んでいる。


 ちょっと待って! わたしだって倒れたい!


 でも、残念ながら食いしん坊のお兄様につられて朝からしっかりと食事をとってしまった。貧血なんて起きたりしないし、目眩を起こして倒れることもない。


 殿下は周りを気にすることもなく、我が家の従僕にわたしのバッグをウェードに渡すよう指示を出し、歩き始める。

 わたしの腰を抱き寄せたまま庭に咲く花を愛でたりとゆっくりのペースだ。

 わたしが急足にならないように気を遣ってくれているんだろうけど、いまそんな配慮はいらない。

 前世の記憶を思い出したばかりの時に、殿下と手を繋いで歩くのを夢みたけれど……

 こんな大注目を浴びながらしたいわけじゃない!


「……殿下ったらどういうおつもりなんですか」


 意を決してわたしは顔を上げ、小さな声で殿下に尋ねる。


「どういうって……エレナは私と一緒に噂話を覆してくれるんだろう?」


 わたしを見返す顔はキョトンとしていて悪気なんてこれっぽっちもなかった。

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