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54 エレナは恵みの女神様

 抱きしめられて心音が早くなる。

 でも、わたし以上に殿下の心音は早い。

 心配になって見上げる殿下は懇願する瞳でわたしを見つめ返事を待っていらっしゃる。


 兄でもおとぎ話の王子でもなく、「恵みの女神様」と夫婦神であられる「始まりの神様」を演じようだなんて……

 比喩だ。はっきり言ってるわけじゃない。

 でも、つまり、その、殿下はエレナと結婚したいと思ってるってことよね?

 殿下の気持ちに、頬が赤くなるのがわかる。


 でも、でも……

 残念ながら、エレナの周りからの評判はわがままな侯爵令嬢で。

 だから、人前でわたしのことを「恵みの女神様」扱いしたりなんてしちゃったら恥をかくのは殿下だ。


「……わたしは『恵みの女神様』じゃないわ。わたしなんかを『女神様扱い』してくれるのは、領地やこの礼拝堂で子どもたちにお菓子を配っている時だけよ」


 殿下の両手がわたしの頬を包む。

 大きくて男らしい手は暖かくて優しい。


 わたしが顔をあげると、悲しげな瞳と視線が絡む。


「そんなことはない。幼い頃にトワイン領で過ごしていた時。病み上がりだった私が湖のほとりで遊び疲れて、エレナに膝枕をしてもらったことがあった。あの時エレナに私を癒す力が発露した。不眠で悩んでいた私は昼間エレナに膝枕をしてもらうことで救われていたのだ。エレナは女神のような癒しの力を備えている」

「わたしは魔力もないし、癒しの魔法なんて使えないわ」

「『恵みの女神』の癒しの祈りは『始まりの神』と『荒涼とした大地』に向けられたものだ。エレナは幼い頃私を癒し、エレナが生まれてこの方トワイン領は不作におちいることはなく豊作が続いている。他領に比べて小麦の収穫率が高い」

「それはお祖父様やお父様が尽力して領地内に灌漑設備を……」


 殿下の手がわたしの頬から離れ、人差し指が唇をふさぐ。


「……エレナは私の女神だよ」


 殿下はわたしの肩に手をかけリボンを解く。

 今までブラウスとリボンに見えていた白い生地部分は、リボンが解けたことでふわりと下に広がり落ち、紺色のスカートを覆い隠す。

 白と紺の市井風デイ・ドレスは真っ白な女神様のドレスに変化する。

 

「神に見初められ、娘は女神になった」


 殿下は高らかに宣言をした。まさに神話のシーンが再現され、ユーゴだけじゃなく子どもたちも歓声を上げる。


 どうしよう……困る。

 だめだ。嬉しいよりも困惑が勝つ。


 小さな頃からエレナが殿下のことが大好きだって記憶はちゃんと思い出している。

 なんで殿下のことが好きなのかも理解している。

 顔がいいからだけじゃない。もちろん殿下の地位に固執しているわけでもない。

 優しくて甘やかしてくれる幼い頃の思い出はもちろん大切な要素だけれど、それだけでもない。

 他人にやらせればいいような仕事まで背負い込んでしまうような真面目さも、お兄様やランス様に見せる年頃の少年らしい笑顔も、我慢しなくていい我慢をしてエレナに格好つけ続けてていることも。

 全部が好き。


 ──でも、殿下は王太子殿下だ。


 殿下がどれだけエレナのことを好きでいてくれても、嫌われ者の婚約者とこのまま結婚なんてしてはいけない。


「……殿下には、わたしよりも相応しい方がいらっしゃるわ」


 歓声にかき消えそうな中かろうじて殿下に伝える。殿下は苦しげにわたしから、視線を逸らす。

 苦い気持ちが込み上げるけど、これでいい。


「もう! 気取って格好つけて逃げないで、エレナには、はっきり言わないとなんも伝わらないよ! エレナも頭の中のエレナとこねくり回してないでちゃんと殿下と話をしなさい!」


 聞き慣れた声に振り返る。

 いつのまにかお兄様がリリィさんやランス様を連れて庭に来ていた。

 呆れ顔のお兄様から顎で殿下を見るように指示されて、また殿下と顔を合わせる。

 歓声はいつの間にか静かになり、みんなが固唾を飲んでわたしたちを見つめていた。


「……エレナのことが好きだ」


 真っ赤になった殿下の口からこぼれたのは、何の飾りもない、ただただ真っ直ぐな告白だった。

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