52 王太子妃殿下付き筆頭侍女候補リリアンナの回想【サイドストーリー】
「あとは、殿下からも手紙送ってもらわないとね。お互い手紙が届かないのか、それともやっぱり殿下はエレナに送ってないのかわからないから。殿下から僕宛てと、リリアンナを送り主にした封筒で僕宛てに手紙を送ってね」
「私の言うことを信じてないのか」
ムッとした顔のシリルに対して、珍しくエリオットもムッとした顔で見返している。リリアンナは様子見をすることにした。
「信じてあげたいから頼んでるんでしょ。そもそも僕は殿下のために手紙が届くか確認したいわけじゃない。エレナがまた『頭の中のエレナ』とばかりおしゃべりして話が拗れ出したから、エレナのために助け舟を出してるだけだよ。だいたい殿下がエレナの昔からの理解者ぶって語るなら、エレナが幼い頃からすぐ『頭の中のエレナ』とおしゃべり始めちゃうのだって知ってるだろうし、おしゃべりして出した結論がいつも突飛なのだってわかってるでしょ? エレナが『頭の中のエレナ』とおしゃべりして話を拗らせる前に、きちんと殿下はエレナと話をしてあげてよ」
「それはわかっているが……」
「待って! 『頭の中のエレナ』ってなんのことなの?」
聞き慣れない言葉に困惑しているのはリリアンナだけで、シリルもランスも普通に受け止めている。
「ほら、頭の中で自問自答することがあるでしょう? エレナはそれを『頭の中のエレナとおしゃべりする』って表現するんだ。エレナが言うには『頭の中のエレナ』は、こことは異なる世界で生きていた前世のエレナなんだってさ。前世のエレナは僕たちと常識が違うから『エレナ』と『頭の中のエレナ』がおしゃべりを始めると思ってもない方向に話が拗れるんだよね。で、僕はそのこねくり回して拗れきった結末だけいつも聞かされる」
「前世?」
「そう。エレナには前世の記憶を持ってるんだ」
エリオットはたいしたことじゃないようにそう言って肩をすくめる。
世の中には「前世の記憶」を持つ人がいるのはリリアンナも聞いたことがある。
それは何十年も前の記憶だったり、神代の時代にまで遡ったり、この国とは別の国であったり。稀に全く別の世界から来たと人もいるらしい。魂だけ使わされる場合も身体ごと使わされる場合もある。
いま正教会がやたらと「聖女様」に傾倒しているのも、「聖女様は『異世界からの使者』で我が国の窮地を救う」なんていう伝説があるからだ。
正教会で匿っている「噂の聖女様」はその伝説通り「異世界からの使者」だという。
(つまり、エレナ様は魂だけ異世界から来て、聖女様は御身ごと異世界から来たと言うこと?)
「じゃあ、この『水着』も前世の記憶によるものなの?」
リリアンナは水着を再び手に取る。
「多分ね。さすがに最近はエレナも人前で『頭の中のエレナ』だとか『前世の記憶』がとか騒いだりしないから、はっきりは言ってなかったけど、そうだと思うよ」
海で水遊びをする風習があるイスファーンで流行っているものかと思っていたリリアンナは、感心する。
「ちょっと殿下。エレナが着た水着に触らないでよ。嫌らしい」
エリオットはシリルから水着を奪い、睨みつける。
「違う! 誤解だ!」
「ふーん。じゃあ、どうして何枚もある中からわざわざエレナが着ていた水着を手に取るわけ?」
「それはその、マーガレットのモチーフが見事だなと思い、目についたから手を伸ばしただけで、嫌らしい気持ちがあったわけでは……」
「で、手に取ったら、ボルボラ諸島で水着を着て波打ち際ではしゃいでいたエレナを思い出すんでしょう?」
「それは……」
シリルがごくりと喉を鳴らし背中を丸めた。
「ほら! 嫌らしい気持ちで見てるじゃないか!」
「エリオットが思い出させたんじゃない。さすがにそれでシリルを責めるのは可哀想よ」
リリアンナは糾弾するエリオットの頭を小突き机の上に広げた水着や茶器を片付ける。
「ほら。そろそろ官吏たちが休憩から戻ってくる時間だわ。私も業務に戻らなくっちゃ」
「そうだね。僕もそろそろエレナを連れて帰ろうかな? じゃあ次に会うのはリリィの手紙で伝えた日かな? まあ、その前に一回くらいは王宮に来て様子伺いでもするか」
「ああ」
「いい? 殿下。エレナに会ったら手紙を送ったけど届かなかったことをきちんと説明してね?」
エリオットはそう言って部屋を後にした。
***
(まあ、なにしに来たもなにも……確かにエリオットはエレナ様を連れてくる約束しかしていないわね。後はシリル次第か……)
リリアンナはそんなことを考えながら二つ目の胡桃ケーキを手に取る。
「エリオットさま! 大変! ユーゴさまが王子様とケンカをしているわ!」
バタバタと廊下を走る音が聞こえ、いきなりドアが開く。
息を切らしてエリオットに助けを求めに少女が走り込んできた。
「えー。僕は殿下にエレナと話せって言ったのに、どうしてユーゴとケンカになっちゃう訳?」
エリオットはぶつくさ文句を言いながらも、迎えに来てくれた少女に微笑みを浮かべて近づくと慇懃にお礼をする。
赤くなった少女に導かれて出向いた先は、予想外の光景が繰り広げられていた。