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49 エレナとおとぎ話の王子様

「さて。進行役が出しゃばるのはここまでかな? そろそろ僕は舞台からはけさせていただくよ。ここから先は殿下の独擅場だ」


 お兄様は片目を瞑り、何か殿下に耳打ちする。

 片手をひらひらさせて廊下を戻るお兄様を見送り、わたしは殿下を見上げる。

 もちろん殿下の一人舞台なんて始まらない。沈黙が続く。


「殿下は手紙を送ってくださっていたのね?」


 沈黙に耐えられずにした質問に、真っ赤な顔が首肯する。


「あの、どんな手紙を送ってくださったのでしょうか?」

「……言えない」

「どうして?」

「その……リリィに、兄として慕ってくれる少女に向ける感情として重すぎると言われた」


 リリィさんの辛辣な表情を想像して、殿下には悪いけど笑ってしまう。

 見下ろす殿下の顔に困惑が広がる。


 いつも穏やかで冷静で……と言うか淡々としていて感情が希薄だというのが一般的な殿下の評価で。

 その殿下がエレナに対して重いと評されるような感情を向けているというの?

 そりゃ殿下のことを感情が希薄だとは思ってなかったけれど……

 どちらかというと「エレナに対して呆れたりするのを隠しきれないのね」なんて方向に考えていた。


 まだ、信じられない?

 ううん。

 耳元で聞こえる殿下の心音は早い。

 わたしは厚い胸板に身体を預ける。早かった心音がドッと跳ねた。


「あの、エレナ。その……エレナは私のことを兄としか思ってないと思うが、私はエリオットとは違う」

「わたしだって、殿下はお兄様ではないって分かっているわ。昔みたいに『シリルおにいちゃま』とお呼びしてはいけないことも」

「分かっているならどうして……」


 お兄様に抱きついてもお兄様の心音はもっとゆっくりだ。穏やかで落ち着いていて、抱きしめてもらえば安心する。

 こんなに胸が高鳴ることはない。


「だって何もおっしゃらないから」


 殿下はグゥッと唸る。


「……私は自分の欲望のまま野に咲く純真で可憐なマーガレットを手折るような真似はしたくない。ただ、エレナに兄のように慕ってもらい、おとぎ話の王子でもよいから憧れてもらったままでいたいのだ。兄とは違うのであれば、せめておとぎ話の王子でいさせて欲しい」


 吐き出すように紡がれた言葉もまた、殿下の本心なんだろう。


 サラサラと流れる淡い金色の髪の毛。

 陶器のように滑らかな肌をキャンバスに、見つめていると吸い込まれてしまいそうな、深い湖の様な紺碧の瞳。

 それを縁取る長いまつ毛は、顔に影を落とす。

 薄紅色の柔らかそうな形の良い唇は常に微笑みをたたえ、凛々しい眉は意志の強さを表している。

 まさにおとぎ話から飛び出してきたような完璧な王子様。

 でも、殿下はおとぎ話の王子様ではない。


 この世界が仮に恵玲奈(わたし)が転生した先の物語の世界だとしても、殿下もエレナ(わたし)もこの世界で喜びや悲しみを感じて生きている。

 感情は現実だ。物語の登場人物として決められたものではない。


 悪役令嬢にしか思えなかったエレナの行く末を案じて、破滅フラグを回避しようとしていたけれど。

 わかりもしない物語の行く末を気にして行動したって、感情は勝手に溢れてくる。


 だったら、エレナの……わたしの感情に素直になってもいいんじゃない?

 そうよね、エレナ。


「殿下はおとぎ話の王子様でよろしいの?」


 勇気を出して問いかける。

 喉のなる音を頭上で聞き、殿下の言葉を待つ。


「いや──」


 ようやく口を開いた殿下の言葉を遮るようにガチャリと扉がひらいた。


「エレナさま……!」

「きゃああ! やっぱり王子さまがエレナさまをお迎えに来たの?」

「おとぎ話みたいだわ!」


 さっき殿下の元まで案内してくれた子どもたちが、わたしたちを見て黄色い悲鳴をあげる。

 きっとなかなか出てこないから、心配して確認しにきたんだろう。

 取り囲まれた殿下は子どもたちにいつもの微笑みを返す。まるで何事もなかったようだ。


「結局おとぎ話の王子様にされてしまうのね」


 ポツリとつぶやいたわたしの腰を殿下は抱き寄せたまま歩き始める。


「では、おとぎ話の王子ではなく神話の神を演じよう」


 殿下はそういうと、お菓子の入ったカゴを持つユーゴの方に向かっていった。


「ユーゴ。カゴをこちらへ」


 殿下が手を差し出してもユーゴはカゴを抱えて離さない。


「これから行われるのは神事です! いくら王太子殿下でも神事には不可侵なはずです! エレナ様をこちらへ」

「ユーゴ! なに言ってるの!」


 強い。強火すぎる。わたしに対する態度はまだしも、いくらなんでも殿下の前で女神様の狂信者っぷりなんて発揮しちゃいけない。


 ユーゴはわたしの気も知らないで、わたしの声に顔を背けた。

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