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36 エレナと礼拝堂の子どもたち

 お兄様から馬車から降りるように声がかかる。


 開けられたドアの先には、いつも通りお兄様が笑顔でわたしに手を差し出している。

 ギュッとお兄様の手を握り、恐る恐る降りると祭司様と子どもたちがわたしを見て固まっていた。


「こんにちは。わたしはエレナ・トワインです。今日はみなさんにお会いするのを楽しみにしていました」


 淑女の礼をして顔を上げる。子どもたちは顔をこわばらせたままだ。

 わたしは少しでも悪い印象を払拭できるように微笑みを浮かべて子どもたちを見渡すと、今度は小さな女の子と目が合った。

 口角を上げてわたしができる一番優しい笑顔で見つめる。

 女の子は後ろを振り返り再びわたしを見て「……本物の女神さまがいる」と呟いた。

 わたしは女の子と一緒に入り口に立つ女神様の石像を見上げる。


 領地のお祭りで着る女神様の衣装を着たわたしは、編み込みしてアップにした髪型も、身につけるアクセサリーも完璧に再現されている。

 なんていったって今日の準備は有識者(ユーゴ)監修の元、侍女のメリーだけじゃなく屋敷のメイドたち総出だったもの。

 ここのところずっと王立学園(アカデミー)の制服ばかりだったうえに、女官見習いだからと髪型も地味だったから、みんな久しぶりのおめかしに全力で取り組んでくれた。だから異様に仕上がりがいい。


 大丈夫。

 みんながわたしを女神様に見えるようにしてくれた。

 あとは、こないだの領地のお祭りと同じように振る舞えばいいだけのことだもの。


「祭司様。この子たちに礼拝堂の案内をお願いしてもいいかしら? 子どもたちにお礼も用意しているのよ」


 固まってわたしたちを見ていた祭司様は、はっと我に返り笑顔で「もちろんです」と頷いた。

 聖職者だもの子どもたちの前でわたしの我儘を非難したりはしないだけの良識は持ち合わせていらっしゃるようだ。


 祭司様の返事に子どもたちは顔を輝かせてわたしの手を取る。

 ユーゴの言うように子どもたちはお菓子が配られるのを楽しみにしているのよ。

 もので釣るのは後ろめたいけれど、我儘なご令嬢だって思われるくらいなら女神様をやりきって見せる。


 わたしは子どもたちに引っ張られて歩き出した。



***



 豊穣を司る『恵みの女神様』は慈愛に満ちた母なる女神だ。

 女神様を讃える礼拝堂は慈善活動に力を入れていて、王都で一番大きな孤児院を運営している。とユーゴがさっき馬車で熱く語っていた。

 古いながらも館内は清潔で、暖かな自然光が照らしても気になるような汚れはない。


 子どもたちはわたしの手を引きいろんな部屋を紹介してくれる。

 祈りの場である礼拝堂に、子どもたちの居住スペース。

 孤児院は十二、三歳くらいまでの身寄りのない子供達のための施設だ。

 食堂や寝室、それに勉強をするための教室もある。


 外に連れ出されると、子どもたちが走り回るのに十分な広い庭だ。たくさんの子どもたちが庭で遊んでいる。

 その一角に洗濯物が風にたなびいていた。夏らしい濃い青の空に真っ白な洗濯物が眩しい。


 わたしと子供達の後をドヤ顔で歩いていたユーゴが恭しく籠をかかげる。


「女神の子どもたちにと、女神様が胡桃のケーキを持ってきてくれましたよ」


 意気揚々と言い放ち、わたしに籠を押し付けると子どもたちの誘導をはじめた。


 女神様をやり切る決意はしたけれど、ユーゴに煽られるのは違うと思う。

 お兄様に目で訴えるけど、祭司様と話し込んでいてこちらのことなんて気に留めてもいない。


 後でユーゴにもお兄様にもいっぱい文句言ってやる!


 わたしは籠を抱えて子供たちの元にむかう。

 子どもたちはユーゴの言うことをちゃんと聞き、整列してお菓子が配られるのを待っていた。

 寄付金で運営される孤児院は衣食住に困ることはなくても、お菓子を頻繁に食べることはできない。

 領地と同じように一人一人抱きしめてお菓子を配るとみんな嬉しそうに笑っている。


 そんななか、一人列に並ばずに壁に寄りかかっている少年がいた。

 馬車の中から目が合った少年だ。


「お菓子は要らないの?」


 わたしが近づいて声をかけると、少年はヒュッと息を吸った。

 怖がらせてしまったかしら。

 でも、お菓子をもらえる機会なんてそんなにないだろうから、この少年にも食べさせてあげたい。

 わたしがお菓子を渡そうとすると、少年はお菓子を押し返した。


「さっき、あの人がみんなに女神様からお菓子をもらえるのは女神様よりも小さな子どもたちだって。だからオレはもらえないんだ。それに、もうすぐ働きに出なきゃいけないしさ、もう子どもじゃないから」


 ちょっとだけわたしよりも背が高い少年はそう言って強がった。


 わたしは「愛されていない王太子殿下のかりそめの婚約者」なんていう破滅フラグが立ちまくった侯爵家のご令嬢に転生したことを嘆いていたけれど、目の前の少年にしてみれば恵まれた立場だ。

 自分のことばかり不幸だと思っていたのが急に恥ずかしくなる。

 この少年はまだ孤児院に保護されて命を脅かされることはない。きっともっと悲惨な人生を送っている子どもたちだって沢山いるはずなのに。


 わたしは補修用に積んであるレンガを手に取り、土の上に置く。

 二つ並べたくらいで大丈夫かしら。

 その上に乗り少年に笑いかける。


「まだ、わたしより小さな子どもよ」


 少年の手を取り胡桃のケーキを置く。


「お名前は?」

「……トビー……です」

「トビー。あなたの人生に幸多からんことを」


 わたしは少年──トビーのことを抱きしめた。

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