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31 王太子妃付き筆頭侍女候補リリアンナの奔走【サイドストーリー】

(ああ! もう!)


 すぐにでも夫であり王太子殿下の補佐官であるランスと、幼馴染でありこの国の王太子であるシリルを問い詰めたいところだったが、まだ職務は終わっていない。

 リリアンナは書類入れを抱え、王宮内を急足で進む。


 健気な少女が泣くのを耐え、気丈に笑う姿は何度見ても胸が苦しくなる。

 それは、リリアンナだけの話ではない。

 いつも明るく振る舞う見習い女官の少女が泣きそうな顔で歩いていたという噂は瞬く間に棟内を駆け巡っていた。


 シリルが署名した書類を渡すために訪れた多くの部署で、見習い女官の少女が自分のもとに書類を届けに来たら慰めようと決意した官吏たちが雁首そろえて待ち構えていた。

 訪問したのがリリアンナだとわかった瞬間、落胆の表情に変わる。


 あからさまな態度にリリアンナは冷笑しそうになる。


 皆、見習いの少女が心配なのだろう。

 相談したわけでもないだろうに、どの部署でも官吏達は口を揃えて「よく書類を届けに来る見習い女官の少女は、まだ泣いているのだろうか……」などと、独り言のようにつぶやいていた。

 気になるなら目を合わせて質問すればいいのにとリリアンナは考える。いい年をした大人の男達の独り言を拾って答えてやる必要はない。

 そもそも本人に向かって「キミ」だとか「そこの見習い女官」などと呼び、一歩踏み込んで名前を尋ねる勇気すらない男どもなのだ。

 互いに牽制し合い、少女に対して何か行動に移すような勇気ある者は限られていた。

 多くの勇気がない男どもが本人のいない場で勝手につけた二つ名で呼ぶのは、もはや崇拝に近い。

 隠れて「王宮に舞い降りた我らが女神」と呼ぶ信奉者たちは増えていく一方だった。


 働けど働けど手柄は上級官吏達に搾取され続ける多くの官吏たちは、書類の授受のたび「さっきお願いした書類がもう出来上がってらっしゃるの? こんなに早く対応してくださるなんてさすがだわ」だとか「いつも丁寧なお仕事をされていらっしゃるのね。素晴らしいわ!」だとか言われ、可愛いらしい少女に尊敬のこもった眼差しで見つめられれば浮き足立つのもリリアンナも理解はする。


(だからって、ここまで正体に気が付けないものなの⁈)


 肥沃な大地を表す栗色の髪(ブルネット)に、瑞々しく成長する樹々の葉のような翠色の瞳。

 建国神話に出てくる恵みの女神と同じ髪と瞳を持つ少女を「王宮に舞い降りた我らが女神」と呼びながら「恵みの女神の末裔であるトワイン侯爵家の令嬢」だという真実に、噂話を真にうけるような愚者達は辿り着けない。

 それどころか、市井で流行っている「王子様が健気な女官と出会い真実の愛を知る」なんていう、くだらない芝居の内容を「見習い女官の少女」に重ねている。


 ──自分たちの「女神」である「女官見習いの少女」も、我が国の「王太子殿下」の心を射止め「悪評高い婚約者」との婚約を破棄しないだろうか。


 そんな無責任な戯言をエレナの耳に入れないように気配りをしながら職務を果たすリリアンナにとって、目の前の官吏どもは害悪な存在でしかない。


(もっと早く、正体に気がつく人物が現れてもおかしくないのに……)


 少女の正体に気がつけるような人物は、シーワード公爵領で行われた海向かいの隣国(イスファーン王国)の歓迎式典に参加していたり、ボルボラ諸島で行われたイスファーンの姫君と少女の兄であるトワイン侯爵家の令息の婚約式に参加できるような大物に限られている。

 そしてそのような大物達は王室から要職を仰せつかっても日頃下級官吏に仕事を任せ、派閥内外での駆け引きに躍起になっている。

 最近は特に、イスファーン王国との交易を始めるにあたり自分達に有利に運ぶために密談ばかり開かれていた。

 大物達は王太子の婚約者がこの場にいる事を知るよしもない。


 「王宮に舞い降りた女神」を崇拝するがあまり、その女神の正体であるエレナを傷つけているのに気が付かない愚者達にも、その愚者を野放しにしたまま自らもエレナを傷つけているシリルにも、それを改善させない自分の夫にもリリアンナは腹を立てていた。


「どういうつもりなの⁈」


 シリル達がいる部屋に入るや否や、リリアンナはそう凄んだ。

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