18 エレナ王立学園に通う
お兄様は王立学園に向かう馬車の中で、わざとらしくため息をつく。
昨日の夜、屋敷は大騒ぎだった。
お父様たちが心配してくれているというのに「明日から王立学園に行く」と言って聞かないわたしに「何かあったら僕が守るから」と助け舟を出してくれたのはお兄様だった。
「お兄様のおかげで王立学園に通えるわ。ありがとう。お兄様のこと大好きよ」
「……エレナはこれと決めるとテコでも動かないもんね。とにかく無理しないこと。嫌な思いをしたら僕に必ず言うこと。約束だよ。いいね」
お兄様が小指を突き出してくる。
わたしは小指を絡めて歌をうたう。
「指切りげんまん。嘘ついたら、針千本のーます。指きった」
「……なに? その歌」
あ。この世界は指を絡めるだけで、歌はうたわないのか。
「……今作りました」
「針千本飲ませるとか、指切るとか怖いよ。まぁ、エレナがそれくらいの気持ちで約束守ってくれるって事はいいけどさ」
なんでも通じると思ってたらボロが出ちゃう。
油断大敵。
王立学園に着く前に気を引き締められてよかった。
「お兄様。本当にありがとう」
わたしはそう言ってにっこり笑うと、お兄様から小指を離した。
そんなこんなしている間に、馬車が王立学園の門をくぐる。
近づいてくる建物は堅牢そうな灰色の石材で建てられていて、隣接する白亜の煌びやかな王城と対比すると重厚で、さすが教育機関って感じがする。
お母様の貴族のマナー講座で習った名だたる名家の紋章がついた馬車が、馬車寄せまで列をなしている。大渋滞だ。
ようやく馬車から降りて、お兄様のエスコートでわたしは授業のある講堂に向かう。
王立学園は年頃の貴族の子女や優秀な平民を集めて、この国に役立つ人材を育成するのが目的なんだそうだ。
この国では領主の嫡男だからといきなり領地を治める事はほとんどない。
一定期間は王室に対して忠誠を示すために国の機関に勤めてから親の跡を継ぐ。
そのため王立学園での最初の一年間は、基礎的な勉強として一般教養を学びながら、自分の適性を見極める。
二年目以降は適性に合わせて専門的なことを学び、卒業後は文官として国の政に関わったり、武官として騎士団に入ったり、従者として王室に仕えたりするんだって。
なんか職業訓練機能のある大学みたい。
だからか王立学園の制服は、役人見習いの制服と一緒。所属を表すスカーフやリボン、タイが違うだけ。
女性は十八歳になると、結婚して家に入る人も多いため、三年間の修了を待たずに辞める方が大半らしい。
途中でやめるのに何のために通っているかというと、王立学園は社交界と一二を争う出会いの場になっているからなんだって。
まぁ、十六歳になって婚活スタートするわけで、年頃の有力貴族の青年たちが集められている場所に、有力な貴族であればあるほど娘を行かせないわけないよね。
もちろん女性でも王立学園を卒業したあとに女官として王室勤めをする人もいれば、女性騎士になる人なんかもいるらしい。
今この国の王室には王妃様も王女様もいらっしゃらないけど、近辺警護として近衛騎士団に配属される女性騎士になりたいと夢見る人も多いっていうのはなんかわかる。
ちょっと話がズレた。
で、お兄様はもちろん一般教養は終えていて、文官になるために専門的なカリキュラムを組んでいらっしゃる。
これから一般教養を学ぶわたしと、専門的な事を学ぶお兄様が受ける講義が被ることはまずない。
お兄様に手を引かれ、考え事をしながら歩いていたわたしは、いつの間にか授業のある講堂の前に立っていた。
「僕は一緒に講義を受けてあげられないけれど、無茶しないでよ?」
そう言ってお兄様はわたしをギュッと抱きしめる。
なんかひしひしと視線を感じる。
屋敷でだったら、イケメンが抱きついてきた! なんて心の中ではしゃげるけれど、衆人環視の中では、そんな余裕はない。
身体をひねりお兄様の腕から逃げ出す。
「大丈夫よ! ほら、お兄様も間に合わなくなりますから、早くご自身の授業に向かわれて!」
わたしは心配顔のお兄様が見えなくなるまで見送り、講堂に入ることにした。