23 エレナと王太子付き秘書候補の婚約者
「ねえ、メアリさん。女性の投資家ってこの世界では珍しいかしら?」
メアリさんと文書室で書類の仕分けをしながら雑談をする。慣れたもので話していても仕分けの手が止まることはない。
「女性の投資家も数人はいらっしゃいますけど少ないですね」
「やっぱり」
「それがどうかしたんですか?」
「ほら、特設部署にステファン様っていらっしゃるじゃない?」
「はいはい。あのエレナ様狙いの役人ですね」
「やだ。メアリさんったら。ステファン様に失礼よ。ステファン様は随分年上だもの。わたしみたいな子供なんて歯牙にも掛けないわ」
「えぇ? そうですか? わたしが書類を届けに行くとあからさまに落胆されるからエレナ様狙いかと思ってました」
メアリさんはそう言ってちょっと嫌そうな顔をする。
ステファン様は愛想が悪いから、勘違いされやすいのね。わたしも最初無愛想で感じが悪いと思ったもの。
でもそれは誤解で、とてもいい人だった。
「それは、ステファン様はわたしに本を貸してくださろうとして準備をされてた日だったんではないかしら? ステファン様はわたしのことを生徒のように思ってくださっていて私が興味をもちそうな本を貸してくださったりしてたのよ。前にお兄様がメアリさんと同じように勘違いして騒いだものだから、最近は本を貸していただくことも減っちゃったけど」
「……勘違いじゃないと思いますけど。まあ、いいです。で、そのステファン様がなんですか?」
メアリさんはあまり納得していない。
でも、きっとそのうち理解してくれるはず。
「そう、それで、そのステファン様が、お見合いをして婚約した相手が女性投資家なんですって」
わたしは仕分けした書類をケースに仕舞いながら話を元に戻す。
「ステファン様は婚約者様になかなかお会いできなくて辛い思いをされてるって伺ったから、今度王宮にお呼びして領地に作る工場に投資してもらえないかお願いすることなったの。それでどんな方か気になって。メアリさんなら情報通だからご存知じゃないかと思ったのよ」
「え? トワイン領に工場建てるんですか?」
「ええ」
「どんな工場ですか? 内容によってはジェームズ商会にも一枚かませてくださいよ」
前のめりなメアリさんは好奇心でいっぱいだ。わたしは勢いに飲まれる。
「えっと、ニットの編立工場よ。領地で有り余る毛糸で水着を作ってイスファーン王国に輸出しようと思って」
「えー! イスファーン王国向けだけですか? 国内は?」
「国内はすでに羊毛の需要は十分あるじゃない。イスファーン王国で羊毛の需要を喚起させるために流通させようと思ったのよ」
「じゃあ、じゃあ、国内で水着を売ることにしたら、卸はうちに任せてくださいよ。ボルボラ諸島のリゾート計画もあるんですから水着なんて作ったら絶対儲かるじゃないですか!」
そうか。肥料にするしかないくらい領地で有り余る毛糸をイスファーン王国に売ることばかり考えていたわたしは、国内需要のことなんて考えてなかった。
「そうね。お兄様が計画してることだからお兄様に進言しておくわ」
「是非!」
書類ケースの蓋を閉め、話を逸らしたままホクホク顔でいるメアリさんを半眼で見つめる。
「あ! 失礼しました。あのステファン様の婚約者の話でしたよね? 独身の若い女性投資家だと、一人しか思いつかないんですけど……」
「どなた?」
「いや、違うと思いますよ」
「なんで?」
「あの無駄にプライド高くて性格の悪い男が、なかなかその女性に会えないからって辛い思いをしてるんですよね? 絶対に違います」
メアリさんは何やら自信ありげだ。
「その女性投資家ってどんな方なの?」
「銀行を経営し国内一の資産を有すると言われているデスティモナ伯爵家のご令嬢です」
「デスティモナ家の……ってことは」
「ハロルド様の妹ですね」
「まあ! そうなのね! ハロルド様が『可愛い妹』って言ってたもの。ステファン様が会いたがってもおかしくないわね」
「……本当にエレナ様の耳に余計な噂話が入らないように徹底されてるんですね」
なぜか憐憫の眼差しがわたしに刺さる。
「いいですか。有名な若手女性投資家のネリーネ・デスティモナ伯爵令嬢の別称は『社交界の毒花令嬢』です」
悪意のある蔑称にわたしは妙なシンパシーを感じた。