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22 エレナと王太子付き秘書候補の婚約者

「戻りました」


 殿下宛の急ぎの書類を届ける。

 特設部署の書類は再び山積みになっている。落ち着いてきたと思ったのに。

 わたしが両手いっぱいに書類を抱えてるのを見つけてくれたニールスさんが受け取りに来てくれた。

 普段なら仕事熱心なステファン様が我先にと書類を受けとりにきてくれるのにため息をついていた。


 仕事中毒のステファン様らしくない態度。それにこの書類の量。何かトラブルがあったのか心配になる。


「あら。ステファン様。どうされたの? 浮かない顔されてらっしゃるわ」

「あれ、ご存じありませんでしたか? こいつ、少し前に気の乗らない見合いをしてきたんですよ」

「ニールス。余計なこと言うなよ」

「まぁ」


 ステファン様はニールスさんを睨んだ。


 よかった。仕事のトラブルがあったわけじゃないのね。

 そうか。優秀な文官だもの。きっとお見合い話なんて引く手あまたよね。

 気乗りのしないお見合いってことは仕事上のしがらみで断りきれなくてとかそういうことかしら。


「それで浮かない顔をされているのね」


 顔も知らないステファン様のお見合い相手に同情する。

 どなたか知らないけれど、優秀な役人とお見合いだなんて喜んだに違いない。

 それなのにこんなに嫌そうな顔をして。ステファン様は仕事が恋人みたいな方だし、きっと相手にしなかったんだろうな。

 殿下から相手にされてないわたしなら、きっとステファン様のお見合い相手と傷の舐め合いができるわ。


「違いますよ。見合い相手に簡単に絆されて、贈り物を準備したのに忙しくて会えないもんだから、渡せてないんですよ。それでこんな顔になってるんです」

「ニールスッ!」


 わたしが妄想の世界に耽っていたらニールスさんに引き戻される。

 なんだ。お見合い相手から相手にされない可哀想な少女はエレナだけか。


「ふふっ。ご婚約者様は幸せね」

「そうでしょうか」


 わたしの言葉にステファン様が目を見開く。


「そうよ。お見合いや政略結婚でお相手に結婚前から思いやっていただけるなんて滅多にない事だわ。結婚してからだって表面を繕うだけがほとんどだもの」


 まあ、なんだかんだ言って実際にはそうではないんだけどね。

 周りのカップルを思い出す。

 コーデリア様とダスティン様はコーデリア様のツンデレがひどいだけでダスティン様は無自覚に溺愛していて両思いだし。

 お兄様とアイラン様も、アイラン様からしてみたら自国のすけべジジイに嫁がされることから救ってくれたヒーローだし、お兄様はあんな性格だから隙あらばイチャイチャと構いだす。

 メアリさんは激重執着系の腹黒糸目男子と結婚相手を呼ぶように、貴族院を言いくるめて結婚時期を早められてしまうくらい愛されている。

 リリィさんとランス様が職場で嫌味の言い合いをしてるのだって仲が悪いわけじゃない。周りから生暖かい目で見守られているくらいだ。

 結局みんな仲良し。

 表面を取り繕っているのなんてわたし達くらいだわ。


 ゴホン。書類が山積みになった殿下の机から咳払いが聞こえた。


 えっ⁈ いま殿下がいらっしゃるの?


 朝来た時にはいなかったから、今日も一日中議会だなんだと忙しくされているのかと思っていた。

 あの日以来、殿下とはすれ違いだったから、顔を合わせるのは久しぶり。

 胸がドキンと高鳴る。


「まぁ、殿下いらしたのね。議会に出てらっしゃるのかと思ったわ」

「……議会に出ていた方が都合がよかったかな?」


 わたしの呟きに殿下は顔も上げずに呟きを返す。

 眉間に入った皺を揉みほぐすような迷惑そうな仕草に心が冷えていく。


「そんなことないわ。殿下に至急見ていただきたいとお預かりした書類があるの。早くお渡しできてよかったわ」


 殿下が嫌そうな表情をしているのを目の当たりにしたくない。書類を渡してすぐに後ろを振り返った。


「有能でいつもお仕事のことばかり考えていらっしゃるようなステファン様でも、婚約者様のことを思われるとお仕事が手につかなくなってしまわれるのね」

「はは。そうかもしれませんね」

「そうかステファン。仕事が手につかないのか。それなら帰ったらどうだ」


 冷ややかな殿下の声にステファン様は焦っている。

 わたしが余計な声をかけたから、ステファン様がサボりたがっていると思われちゃった?

 殿下の表情を見たくなくて顔を背けている場合じゃない。

 フォローしようと殿下を見る。ステファン様に向けた表情は声ほど冷たくない。

 どちらかというとお兄様と気軽に言い合っているときのような……

 お兄様は殿下に「言いたいことあるなら言いなよ」と言うけれど、確かにそうだわ。

 圧倒的に言葉が足りない。

 これじゃあ殿下は誤解されてしまう。


「殿下。言葉が足りないわ。ステファン様がびっくりされているじゃない。きちんとご説明なさらないと誤解されるわ。気を悪くなさらないでね。殿下はステファン様がご婚約者様に贈り物を渡しに行く暇がないのを気にされていらっしゃるのよ」


 わたしのフォローに、ステファン様は慌ててかぶりを振る。


「気を悪くするなどありません。私のことを思っていってくださったのだと理解しております」


 ステファン様はわたしと、殿下に頭を下げた。

 よかった。ステファン様の誤解が解けて。

 殿下を見ると、すでに書類に目を向けて知らん顔だ。

 もう!


「そうだわ! お仕事がお忙しくて会えないのなら、こちらにお呼びしてみたらいかがかしら」


 仕事中毒のステファン様だもの。また書類が増えてきているし、このままじゃ休みを取らずに働き詰めになってご婚約者様に会えない日が続いちゃう。


「いや、あちらも忙しいと思いますし……」

「あら。何かされてらっしゃる方なの?」

「投資家だと聞きましたけど」


 投資をしている女性がいるの? 珍しい! 会ってみたい!

 それに、アイラン様が嫁入り道具として持ってきてくれた編み機を参考にして領内に編立工場を建設しようかって話も出ているのよね。

 婚約破棄されたら女官もいいけど、領地の工場でバリバリ働くのもいいわ。

 選択肢は多いに越したことはない。


「まぁ! ちょうどいいわ! 我が家で新しい事業をしたいと思っているから投資してもらえないかお話をしたいわ! ステファン様ご仲介お願いしますね」


 新たな出会いに期待する。書類ケースを抱え足取り軽く部屋を出た。

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