20 エレナは王宮女官として働きたい
落ち着いたわたしは、リリィさんと文書室に戻る。
リリィさんは殿下たちのお戻りを気にしているけど、メアリさんやハロルド様はいつも通り明るく振舞ってくれる。
二人の気遣いがありがたい。
なにがあったか聞かれたら、また泣いてしまいそうだもの。
自分が考えていた以上にエレナの評判は悪くて、もうすでに手遅れで。なにをどう足掻いても婚約破棄は免れない。
婚約破棄の後の人生を考えなくちゃいけないと決意を新たにする。
リリィさんに宣言したみたいに、女官見習いとしてしっかり仕事をすれば婚約破棄された後も王宮で女官として働く道も開けるはず。
わたしは今まで以上に気合いが入る。
文書室には再び殿下に届けるための書類が山積みになっていた。
書類にざっと目を通し、書類を分類する。
法律関係に問題がありそうな書類は部屋に着いたらまずステファン様にみていただこう。
経理上問題がありそうなのはケインさんに、貴族院に登院する領主たちに確認が必要な書類は愛想のよいニールスさんが届けるとスムーズに済むことが多い……
リリィさんは書類の振り分けが終われば今日はもう上がっていいと言ってくれたけど、そうはいかない。
殿下はあんなに怒ってたのよ。わたしが自分で殿下の役に立ちたいから出仕したいって言ったのに、女官見習いの仕事もろくにしないで外で遊びたいって騒いでるって思われちゃったんだわ。
それにきっとあの部屋のみんなにも、泣いて逃げ出したわたしのことを噂通りのわがままな癇癪持ちの侯爵令嬢だと思われちゃったはず。
少しでもリカバリーしなくっちゃ。
仕事は責任持ってやらせて欲しいとお願いする。振り分けた書類をケースに入れて、さっき逃げ出した部屋に戻った。
部屋に入ると、みんなわたしが戻ってくるなんて思わなかったみたいで、驚いた顔を向ける。
そんななか、最近はわたしを喜んで出迎えてくれていたステファン様だけが顔を背けた。
「ステファン様……先ほどは兄が余計なことを言うものだから、ご迷惑をおかけいたしました」
「いや。こちらこそ、さっきは、あの……申し訳なかった」
ステファン様は顔を背けたまま絞り出すようにそう言った。
気を使わせてしまったのよね。ステファン様に謝らせてしまった。
図書館で本をご紹介しようとしてくださっただけなのを、お兄様がデートだなんて言うから。
十歳くらい年上だろうステファン様が、子どもみたいなエレナなんかを相手になんてするわけがない。
給金もまだあまりもらえない女官見習いだと思っていたから、本を手軽に買えないと思って本を貸してくださったり図書館に連れて行ってくださろうとしただけなのに。
それをお兄様があんなに大騒ぎするから。きっとステファン様まで、仕事中に見境なく女性を口説いて街で遊ぼうと騒いでいると思われてしまったわ。
女性を口説くどころか、食事を取る間も惜しんで仕事をしていらっしゃるのに……
わたしは、そっとステファン様の手を取る。
「わたしがきちんと殿下にご説明しますわね」
「へっ?」
一瞬わたしの顔を見たステファン様は慌てて顔を背ける。逃げ出そうとする手をギュッと握る。流石に振り払うまではされなかった。
「ステファン様がわたしみたいな子供相手にデートなんて誘うわけないのにお兄様が大騒ぎするから、きっと殿下はステファン様が女性とみたら見境なく口説いて仕事もろくにしないと勘違いされてお怒りになったんだわ。女の子をちやほやすることばかり考えてるお兄様や、仕事をサボることばかり考えているような役に立たない役人と、この部屋の皆様は違います。きちんと説明すれば殿下はわかってくださるはずだわ」
「いや、あの……ご婚約者様のお手を煩わせるようなことは……」
丁寧な言葉遣いにステファン様と距離を感じる。
騒ぎの前までは、話っぷりだって先生みたいだったのに。
「ステファン様は、いままでのようにわたしの先生ではいてくださらないのね」
そう口に出してしまうと、また涙がこぼれそうになる。
「先生……あ、いや。そうだな先生と生徒だ。私はその、本当は王立学園で講師を勤めて君のような優秀な生徒を受け持ちたいと思っていたのだ」
優秀な方に優秀だと褒めてもらえると、ぺちゃんこに潰れた自尊心が少しだけ少しだけ持ち直す。
「だから、その、私も君の師だと自認しているので、生徒である君を矢面に立たせることはしたくない。私自身で王太子殿下に説明させていただくので任せてくれたまえ」
ステファン様はようやくわたしと目を合わせた。
「あと、その……君と一度話せば、噂の令嬢とは異なることはわかるはずだ。ここにいる皆、君は噂と異なることを理解している」
わたしが部屋の中を見回すと、みんな頷いてくれていた。
親切で優しいみんなのためにも役に立ちたい。
わたしは持ってきた書類を説明しながら配った。