16 エレナと婚約発表の準備
「エレナ嬢。ドレスは気に入ったかい?」
わたしの着替えが終わり、部屋にいらっしゃった殿下にそうたずねられた。
殿下はソファに深く座りいつもの感情のない微笑みを浮かべている。
「はい。わたしなんかのために、こんなに素敵なドレスをご用意いただいて申し訳ありません…」
言ってから、ハッとして殿下を見る。
婚約破棄される予定のわたしに、こんなにお金も時間も手間もかけてもらって心苦しいけれど……
そんな未来をわかっているのはわたしだけだ。エレナらしく素直に喜んで笑顔を作らないと……
「似合っている」
「え?」
「エレナ嬢。貴女は未来の王妃なのだから、そんなに卑屈にならず、もっと自信を持って胸を張ればいい」
さっきまでの殿下とは違う、力強い口調と真剣な眼差しに驚いて、わたしは背筋をシャンと伸ばす。
沈黙が重たい。何か言わないと。
「……驚かせてしまったね」
「いえ……」
殿下もご自身の発言に驚いたのかそう言うと、いつもの微笑みに戻った。
ホッとすると同時に、いつも冷静な殿下の強い口調を思い出して、キュンとする。
やばい。
殿下の顔をみているとトキメキが止まらなくて、目が離せない。
落ち着けわたし。
目を合わせてくれていた殿下がわたしから視線を外す。
そうだよね。じっと見つめてるの不自然だったよね。
「マーガレット……まだ飾ってくれていたのだね」
「はっ……はい」
殿下は立ち上がると、窓辺に近づきマーガレットを眺め、手に触れる。
殿下が愛おしそうにマーガレットを撫でるのをみていると、自分が撫でられている様でゾクゾクする。
「……昨日、お兄様と湖に行ってまいりました」
殿下は振り返りわたしを見る。
「マーガレット……満開でした」
こんな探る様な話し方して、殿下が覚えていて下さったら、なんだというの?
わたしが婚約破棄されるルートが最善の選択肢だというのは変わらないのに。
「そうか。あの時も満開だったね」
ポツリと殿下が呟く。
やっぱり覚えていて下さった!
覚えていたから、マーガレットの花束を下さった!
顔がほてる。
殿下はわたしを見つめると少し考えた様子を見せて、それからゆっくりと口を開いた。
「エレナを背負って丘を登った時……妹ができた様で嬉しかった」
──妹。
あぁ。
聞いてしまった。
殿下の言葉はほてった顔を冷やせと言ってるかの様に、わたしから体温を奪っていく。
想像していたのと、本人から口にして言われるのはやっぱり重みが違う。
ごめんね。エレナ。
わたしが殿下にマーガレットの話を言わなかったら、まだ女性として愛されていると夢を見ていられたのかな。
でも、自分勝手かもしれないけど、みんなに愛されているエレナが悪役令嬢になるなんて受け入れられないよ。
本当にごめんね。エレナ。
エレナにシーワード公爵令嬢へ意地悪する様な……
そんな悪役令嬢になりさがる様なことをさせて断罪&死刑にさせるわけにはいかない。
いまわたしにできることはシーワード公爵領の内政不安を取り除いて、殿下とシーワード公爵令嬢が婚約できるように仕向けること。
エレナはあくまで殿下の妹のような存在。
愛し合う二人の邪魔はしちゃいけない。
わたしは固めた決意が揺らがないうちに、殿下に話しかける。
「シーワード公爵領の政情が不安定な状況だと、お兄様に聞きました。わたしに何があったのか教えていただけませんか?」
一瞬殿下は驚いた顔をしたけど、すぐまた微笑みに戻る。
「エレナ嬢は何も心配する事はない」
穏やかだけどピシャリとした物言いに怯みそうになる。
だけど、運命に逆らうためには負けるわけにはいかない。
「殿下は先程、わたしに未来の王妃とおっしゃいました。シーワード公爵領の領都はヴァーデン王国最大の貿易港を有する主要都市です。シーワード公爵領が不安定では我が国にも影響がございます。我が国の問題に関心を持ち、殿下のお役にたちたいと思うのは未来の王妃として差し出がましい事なのでしょうか。それに、シーワード領の政情が不安定なことは、わたしと殿下の婚約に関係がなかったわけではないのですよね?」
一息に言ってじっと殿下を見つめた。




