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48 恵玲奈は転生先の物語がわからないまま(第三部最終話)

 刺繍に飽きてしまったアイラン様を連れてお兄様は退室してしまったので、いまこの部屋はわたしと殿下とウェードしかいない。


 ほぼ二人きりだわ。


 寝起きの気だるげな雰囲気をまとう殿下は、体勢を整えてゆっくりとソファに座る。

 目覚ましのためにウェードに用意させた水を嚥下する喉は男らしい。

 さっきまであどけない顔で寝ていたとは思えない。

 いつものキラキラ王子様な殿下も、もちろん素敵だけれど、気だるげな殿下は色っぽくて、眼福なんて言葉じゃ収まりきらない。

 イケメンなはずでも寝起きのお兄様は毎朝だらしなくて始末が悪いのに、どうして殿下は寝起きから素敵なんだろう。


「──つまり、エレナは王宮に出仕したいということかな?」


 殿下の問いにわたしは慌てて首肯する。

 寝起き姿の殿下にうっとりとしすぎてしまった。


 わたしの答えに、殿下は顔の前で指を組み考え込むと、納得されていないのか「出仕か……そうか、出仕……ね」と呟く。


 やっぱり、殿下もわたしを王宮に連れて行きたくないんだろうな。


「だって、殿下のお誕生日まであと半年もないわ」


 殿下の成人を祝う祝賀会でエレナと殿下の婚約が発表されることになっている。

 なんの国益もないどころか、子供みたいで馬鹿にされてるエレナとの婚約なんて、きっとそれまでになかったことにされるだろう。

 かりそめの婚約者ですら、なくなる日……

 Xデーまでカウントダウンが始まっている。


「その日が来たら、わたしはもう身動きが取れなくなってしまうもの」


 わたしは、前世(恵玲奈)の記憶を思い出しても、まだ自分がどんな物語の世界に転生したのか思い出せない。

 何が起きるかもわからない中で、破滅フラグを回避しなくちゃいけないのに。

 殿下に近寄らなければ破滅フラグを回避できるのか、近寄らなくてもシナリオ強制力で結局破滅フラグは回避できないのか何もわからない。

 それなら幼い頃から大好きな殿下が疲れ果てたご様子なんだもの。少しでもいいから近くで役立ちたい。

 役に立てるだけの能力をエレナは持っている。


 わたしの答えに殿下は指を組んだ手でそのまま顔を覆うと、下を向き何度も息を吐き出す。

 いつもの深いため息一つくらいじゃ、冷静になれないんだろう。

 巷で噂されるような、人の心のない王子様じゃない。

 殿下は、エレナと過ごした幼かった日々を覚えていてくださっている。

 国益にあった婚約者が見つかるまでの場繋ぎでしかない、かりそめの婚約者であるエレナに対して、情があるんだわ。

 その情に訴えて婚約者の座に固執したいけど、それは、破滅の道を歩むこと。


 殿下をじっと見つめる。

 水を飲んだわけでもないのに、喉がゴクリと動く。


「……そうだな。私の誕生日を過ぎれば、エレナには……王宮で王太子妃教育を受けてもらわなくてはいけない」

「ええ」


 感情を押し殺した笑顔でわたしにそう伝えた殿下は、わたしの返事を聞くとすぐに顔をそらした。


 王太子妃教育なんて始まらないのは、わたしが一番よくわかってる。


 嘘をついたことに心を痛めていらっしゃるのか、目の前で胸元を押さえた手は力が入って血管が浮き出ている。

 男らしい大きな手に、そっと小さなエレナの手をそえる。


 ハッと殿下の顔が上がる。

 目が合うと、瞳は所在なさげに揺れる。荒い呼吸に、震える唇。頬まで赤いのは、嘘をついた事で動揺してるから?


 わたしは嘘に気が付かない振りをして笑う。


「ですから、いま殿下のお役にたつために女官見習いとして王宮に出仕したいのです。王立学園(アカデミー)の生徒は役人見習いと同じ扱いですもの」


 殿下の手にそえた小さな手に力をこめる。


「おそばにいたいの」

「……ぐぅっ」


 後ろめたいのか苦しそうにうめく殿下の声を聞きながら、わたしは、転生先(この世界)の物語も役割もわからないまま、まだまだ生きていかなくちゃいけないと決意した。



 ~第三部・完~

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