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46 エレナの膝枕

 恐る恐る手を伸ばし、淡い金色の髪に触れる。

 丁寧に手入れされてるだろう髪の毛は、絡まることもなくサラサラと流れる。


 ゆっくりと殿下の頭を撫でると強張っていた身体が緩み、太ももに頭が沈む。

 リラックスしてくれたことにホッとする。


 わたしは子守唄をうたう。


 幼かったあの頃にうたった子守唄を。


 ──七年前。


 お兄様に負けないくらいエレナを甘やかして可愛がってくれる、エレナの理想のおにいちゃまだった殿下。

 まるで物語の王子様みたいにエレナを小さな淑女として丁重に扱ってくれる、エレナの理想の王子様だった殿下。


 でも、それは殿下の一面でしかない。


 あの頃の殿下は、母親である王妃様が儚くなられたばかりで、悲しみに耐える少年だったのを思い出す。


 殿下は、この別荘で過ごしていたあの日々も、王宮の役人達に監視されていて、いつも表情を取り繕っていた。

 目を細め口角を上げるだけのその顔が、エレナの膝枕で昼寝をする時に、素が覗く。

 小さなエレナにとって、殿下に「歌をうたって」「頭を撫でて」と甘えられるのは、おままごとのお母さん役みたいで楽しい時間だった。

 今思えば、誰にも甘えられない殿下は、おままごとでも甘える事ができるのは貴重な時間だったんだろうな。


 ああ、そうだ。


 殿下の婚約者として一度だけ参加した王宮のお茶会で、オーウェン様に「おままごと」とからかわれた。

 殿下が何を言ったか思い出せなかったけど。


 ──ままごとでよい。


 そう言ったんだ。


 あの時はまだ子供にしか思われてないと思って悲しくなってしまったけれど……

 もしかしたら、まだ殿下は、妹みたいなエレナ相手のおままごとでも、甘えたいと思っているのかもしれない。


 子守唄が終わったわたしは、頭を撫でる手を止める。


 お兄様がアイラン様にちょっかいを出してキャッキャしてる声に殿下の規則的な寝息が混じる。

 いつものキラキラと美しい殿下も、寝顔はあどけない。

 もう少し寝かせてあげよう。


「……ねえ、ウェード。刺繍をしたいから、机から道具を取ってもらえる?」


 小声でお願いをしたけど、返事はない。


「ねえ、ウェード。机から刺繍道具を取ってもらえないかしら?」


 今度はウェードの控える壁に振り返り、もう一度お願いをする。

 ウェードの片眉がピクリとするだけで、動いてくれない。


「エレナ。ウェードは殿下の侍従なんだから、エレナが頼むんじゃなくて、殿下に頼んでもらいなさい! そもそも殿下も知らんぷりしてないで。エレナがウェードに無視されてんだから助けてあげなよ!」

「お兄様。静かに。殿下が起きちゃうわ」


 大きな声を出すお兄様を諌める。


「……はあ? 殿下ったら、寝てるの? え? 信じらんない! あの流れで普通寝れる?」

「あの流れ? なんのこと? 普通も何も、殿下はお疲れだったのでしょう? 仕方ないわ。もう少し寝かせて差し上げたいけれど──」

「あの、エレナ様。こちらでよろしいでしょうか」

「え?」


 いつのまにかウェードが足元にひざまずき、目を潤ませて刺繍枠を掲げていた。


 え? なに急に?

 動揺を隠しきれないわたしは、おずおずと手を伸ばして刺繍枠を受け取る。


「体勢はお辛くないですか? クッションでもお持ちしましょうか?」

「えっ? あの……大丈夫よ」

「そうですか。では、他に何か必要なものはございますか? ご要望に合わせてご用意いたしますので、何なりとお申し付けください」


 イケオジのウェードに媚を売るような態度をされると、素敵とかかっこいいとかよりも、恐怖心の方が勝る。


「今までの非礼をお詫び申し上げます。ですので、その、シリル様がご休息いただけるように、膝枕を続けていただけませんか」


 さっき足置き椅子(オットマン)を持ってきた時も、違和感があったけど、いつもエレナに対して一線を引くウェードが懇願するほど、殿下は寝れていないのね。


「もちろんだわ。わたしのせいで寝れない日々が続いてるいるのだものね」


 頭を下げ続けるウェードにそう言って、殿下の頭をもう一度撫でた。

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