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45 エレナの膝枕

 淡い金色の髪は窓から入る光に照らされてキラキラと輝く。

 まるで風に揺れる麦穂みたい。

 瞼に浮かぶ領地の懐かしい景色に、一瞬夢心地になったけど、一気に冷静になる。


 やだ、わたしの太ももに、殿下の頭が……!


 わたしは置き場のない両手を降参みたいなポーズになったまま、殿下を見下ろす。


 お兄様の方を向き、頭だけわたしの太ももに軽く乗せた殿下は、眉間に皺を寄せてじっと目を閉じていた。

 噛み締めた唇の隙間から、何かの呪詛を唱えるように数字の羅列が漏れ聞こえる。


 わたしのせいじゃないのに、呪い殺されるのかしら……


「殿下大丈夫? その……背中丸くしすぎだけど」


 自分が煽ったくせに、妙に冷めた様子のお兄様が言う。

 頭だけわたしに預けて身体を丸めるような姿勢は、かなり窮屈そうだった。

 苦しいのか殿下の顔は赤い。


「……だから、この場ではやりようがないと言っただろう。わたしは七年前の少年ではないのだ」


 殿下はお兄様を睨んでそう言った。


 そうよね。

 このソファは幼い頃の殿下が横たわっても十分な広さがあった。

 いまは、お兄様みたいに肘掛けに足を乗せたりしてだらしない姿勢にならない限りくつろげない。


「誰に見られてもだらしないと思われないようにくつろぐなら、晴れの昼下がりに、湖のほとりの木陰でも行かないと無理よね」


 頭の中で思い描いた景色は、まるで見てきたように鮮明だ。

 ……もしかして、いまわたしがいる世界の物語の場面の一つかしら。

 これは、物語を知る手がかりになる?

 アニメのワンシーン? ゲームのスチル? 小説の挿し絵?

 思い出せ。思い出せ。


「それは、神が旅の果てに湖のほとりで倒れ、女神が癒した神話のくだりでしょ」


 お兄様の呆れた声に思考から引き上げられる。

 なんだ。エレナが愛読してる神話の本のワンシーンか。

 エレナは領地で女神様扱いだから、幼い頃から女神様の話が大好きだものね。

 殿下からもらった建国史の本だってボロボロになってなるまで読み込んでいる。

 お気に入りのシーンの夢想なんてどれだけしたかわからない。

 見てきたようなリアルさで思い描けるのは当たり前だわ。


「違う。神話の一節ではない。幼い頃にこの別荘で過ごしていた時に私が高熱にうなされたことがあっただろう。病み上がりだった私が湖のほとりで遊び疲れて、エレナに膝枕をしてもらったことがあった。幼い頃の記憶だ」

 

 殿下は気を使ってか、窮屈そうに身体を丸めたまま、わたしの膝の上から動かないようにしてくれている。

 エレナを妹のように思ってくださっているはずだもの。すぐ膝枕をやめたりしたら、わたしが傷つくと思ってくださってるに違いない。


 でも、冷静な口調からは拒絶が伝わる。

 これ以上神話の話をするなと釘を刺されたようで部屋の空気は重い。


 そうよね。

 エレナがトワイン領の女神様なら、殿下は王室の祖である創世の神の末裔だもの。

 創世神と豊穣の女神の恋物語になぞらえるなんて、殿下からしたらいい迷惑だわ。


「シリル様。こちらを」


 沈黙を破るように、ウェードが足置き椅子(オットマン)を運び殿下の足元に置き、少しリラックスした体勢になった。


「ウェードが膝枕を続けさせようとするなんて信じらんない」

「シリル様に横になっていただける機会はなかなかございませんので」


 お兄様の呟きに、ウェードはそう答えて再び壁に向かう。


 ウェードは普段からエレナに対してあまりいい感情を持ってないのを隠さない。

 子供のようなエレナが、かりそめとは言え殿下の婚約者におさまっているのは、臣下として思うところがあって当然だもの。

 そんなウェードが、殿下が横になれるならエレナの膝でも構わないと思うほど、殿下はお忙しい。


 忙しくなったのはわたしのせいだ。

 あの時、わたしが転生した物語の世界の主人公とヒロインが殿下とコーデリア様なんだって勘違いして、シーワード子爵の不正を暴こうと騒いだ事が全ての始まりで。

 それなのに、わたしは殿下の仕事を増やすばかりで、なんの手伝いもできていない。

 お兄様に他人にやらせてばかりなんて言っているくせに。

 わたしはシーワード子爵の不正を暴くのも殿下に任せて、イスファーンとの国交回復への足掛かりだってお兄様にアイラン様を押し付けただけ。

 イスファーン語のまま殿下の元に届く書類の件だって、お兄様に翻訳させて役人達に仕事をきちんとするように、なんて偉そうにしてたけど。

 そもそもわたしがシーワード子爵の不正を暴こうと騒がなかったら書類仕事だって増えてない。


「殿下。あの、わたしに出来ることならなんでもおっしゃってください」


 後ろめたくなったわたしの申し出に、殿下はグゥっという呻き声をあげ、苦いものでも嚥下するようにゴクリと喉を鳴らした。


「……いいのか?」

「殿下ダメだからね! エレナもなんてこと言うの! なんでもなんて言って、できないことだってあるでしょう⁈ わかってなくてもそれくらいわかるでしょ!」

「そりゃ死ねとか言われても困るけど……」

「そんな、無体なことはしない!」


 ずっとお兄様の方を向いていた殿下が、慌てたようにわたしを見上げる。

 まだ赤みの残る顔は切なげだ。


「エレナ……その、あの時のように、頭を撫でて歌をうたってくれないだろうか」


 殿下は消え入りそうな声でわたしに懇願した。

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