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36 エレナと異世界の編み機

 編み機の使い方は思ったよりも簡単だった。


 アイラン様から指示を受けたネネイが、実演で使い方を説明してくれる。


 卓上に固定された機械に毛糸を張る。

 取手がついたプラスチックの部品を左右に動かすと、本体に並んだ針が動く。細い棒針で編んだようなメリヤス編みの生地がどんどん出来上がった。

 びっくりするくらい早い。

 わたしはネネイと場所を変わって編み機を動かす。

 ダイヤルには数字や『細』や『太』なんて漢字も書いてあって、細い糸で編んだり太い糸で編んだりできるような仕組みみたい。

 収納されていたケースには説明書が入っていたので、読めばもっと色々できるようになるはずだわ。

 よし。後でこっそり読もう。何か聞かれたら手芸チートなふりをすればいい。


『へぇ。普段から刺繍をしたり編み物をしてるから、編み機もすぐ使えるようになるのね』

『ネネイの説明が上手いからだわ。さすがに初めて使ったので難しくて疲れてしまいました。気分転換に刺繍でもしませんか?』


 感心されて後ろめたいわたしは、アイラン様に刺繍を教える事にした。

 メリーに声をかけて裁縫箱と布、それに図案になりそうな本をいくつか見繕ってきてもらう。


『お兄様へ贈るリボンに刺繍をしたいのですよね? 何か図案は決まってますか?』

『もちろん! かっこいいのがいいわ!』


 質問に曖昧な答えを自信ありげに言い切るアイラン様に笑みが漏れる。


 わたしはアイラン様の隣で動物の図鑑を手に取り、頁をめくる。


 かっこいいかぁ。

 猛禽類とか大型肉食獣とかかなぁ。あんまりお兄様のイメージじゃないけど。

 いっそ、ドラゴンとか?

 ヨーロッパのドラゴンじゃなくて、日本とか中国の長い龍を刺繍してリボンにしてみようかしら。

 お兄様なら困った顔しながらつけてくれるかも。

 鱗の一枚一枚グラデーションするように糸を変えながら、ロングアンドショートステッチで埋め尽くす作業はきっと楽しいわ。


『うーん。かっこいい動物は難しそうね』


 アイラン様の声で我にかえる。そうだ。刺繍をするのはアイラン様だ。


『エレナは馬車の中でよく刺繍してたじゃない? あれはシリル殿下に贈る物なのでしょう? なんの図案なの? 参考に見せてよ』

『まだ習作ですよ』


 刺繍枠ごとアイラン様に渡す。


『ふうん。なんだか同じものばかり刺繍してるのね』


 刺繍枠を受け取ったアイラン様は、すぐに興味をなくしてわたしに返してきた。


 今はまだハンカチ全体のデザインが決まってないから、殿下に贈る時に必ず刺繍する鷲と百合、それにマーガレットの練習ばかりしている。


『なんでマーガレットなの? 鷲と百合はヴァーデン王室の紋章だけど、マーガレットも紋章に使われてたかしら』


 さすがにアイラン様でもヴァーデン王室の紋章は知っているらしい。


『えっと、あの……その……』

『なに? はっきり言いなさいよ』


 口ごもるわたしにアイラン様は苛立ちを隠さない。


『おっ幼い頃に、殿下がわたしのことをマーガレットに例えてくださったので、忍ばせているのです』

『ふーん。なによ。エレナはシリル殿下とかりそめの婚約者だなんて言ってたくせに、結構愛されてるんじゃない』

『で、ですから、幼い頃ですって! いまは、そんな……』

『どうだか。まっ、わたしには関係ないけど』


 アイラン様の冷ややかな視線とは逆に、わたしの顔は熱くなる。


『でも、参考になったわ。それで、トワイン侯爵家の紋章のモチーフは?』

『ツバメとアザミです』

『あら、鷲と百合に比べると随分可愛らしいのね。かっこいい刺繍にしたかったけど、仕方ないわね。さあ、エレナ。ツバメとアザミと向日葵に決めたわ。教えなさい』


 アイラン様はそういうとソファでふんぞりかえった。


『わかりました。では、いきなり図案に取り掛かるのは大変ですので、ステッチの種類をいくつか覚えましょう、じゃあ針に糸を通してください』


 アイラン様に針と糸を渡す。

 驚くほどに不器用なアイラン様は、針に糸を通すことすらままならない。

 前途多難だ。アイラン様の誕生日までにリボンに刺繍できるまでになるのかしら。

 ため息をついてしまいそうなわたしの後ろから、ネネイの盛大なため息が聞こえた。

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