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33 エレナと感じ悪い役人

 わたしはジェレミー様に事を荒立てないように、目配せをする。


 感じの悪い役人の後をついて歩きながら、抱えた書類にこっそり目を通す。

 各領主とイスファーン王国が結んだ契約書だ。


 それぞれ言い値で契約をしてるのだろう。ふっかけた金額で契約を組んだり、逆にふっかけられて契約を組まされていたりとさまざまだ。

 品質を売りにしている産地の織物と大衆向けに量産を売りにしている領地の織物の値段が逆転しているなんて、わたしでも違和感を感じるのに、目の前の役人は何も疑問を抱かないのかしら。


 ちゃんと担当部署で精査しているの?


 だいたい、なんでイスファーン語のままなんだろう。

 イスファーンに渡す契約書だとしても、ヴァーデン語に翻訳した控えはないの?


 考え事をしていたら、殿下のいらっしゃる部屋の前で止まった。


 あ、やだどうしよう。扉の向こうでお兄様と殿下がイチャイチャしてたら。

 叫んで部屋を飛び出してしまうかもしれない。

 書類にすっかり夢中になって、大切なことを忘れていた。


 私の心の準備なんてお構いなしに、感じの悪い役人は乱暴にノックをしてドアをあける。


 部屋の中には、すでにお兄様はおらず、殿下は机に山積みになった書類を険しい顔で読んでいた。

 いつも殿下の隣にいる、側近のランス様達はまだ到着していない。かわりに私たちの護衛をしてくれていたブライアン様が、書類を整理していた。


「こちらの書類も至急確認のうえご署名願います」


 感じの悪い役人はろくに挨拶もせず、わたしから書類を取り上げると、殿下の前にどさりとおく。


 殿下の動向は王宮に連絡されていたんだろう。この別荘に向かっていることが知られたら、即、書類を持って王宮から駆けつけたみたいだった。

 ここまで王都からすぐだもんね。


「まだ官吏は王宮で働いてますが、王宮に戻りもせずこちらでご静養されるのですかね」


 ええっ⁈ ありえない!


 あまりの感じの悪さに、わたしの開いた口はふさがらない。

 嫌味な男に、ブライアン様とジェレミー様が歯軋りする音が聞こえる。


「書類はあとで確認する」


 殿下は山積みの書類を一瞥し、そう言った。


「署名していただければいいだけなんですがね。まだ署名ができてない書類が溜まってますので、王都まで取りに向かいます。それまでにご署名終わらせてくださいよ」


 釘を刺すようにそう言った役人は、肩で風を切って退室した。




 ***




「あんの野郎! 相変わらず感じ悪いな! 何様のつもりだってんだ! 殿下よろしいんですか⁈ あんなやつに好き勝手させて」


 ジェレミー様が絶叫する。真っ赤なツンツン髪が怒りでいつも以上に逆立って見える。

 ブライアン様も首肯する。


「あの官吏に腹を立てたところで、すべき仕事が変わるわけでもない。私はなすべきことをするだけだ」


 殿下は怒ることもなくそう言うと、今読んでいた書類には署名せず文書入れに放り込む。

 不備があって返却されるんだろう。


 山積みになり始めた書類を見てさっきの感じの悪い役人をどこで見たか思い出した。


 トワイン領のお祭りに殿下がお越しいただいた時にも書類を届けにきた役人だ。

 殿下とランス様が書類仕事をしてる時も何もせずに椅子に座ってるか、仕事もせずにふらふら出歩いて、殿下が書類を仕上げるのを待っていた。


 決裁権のある殿下が忙しいのは多少は仕方ないにしても、役人が仕事をろくにしないでいるのはおかしい。


「役人がすべき仕事をきちんとすれば、殿下のなさるべき仕事は、減るはずだわ」


 私がそういうと、殿下が顔を上げた。

 殿下は真剣な顔で私を見つめる。


「殿下が翻訳しながら各領主とイスファーンの契約に問題がないか確認して、そのあと署名なさるなんておかしいもの。翻訳と契約の不備確認は役人の仕事ではなくて?」

「残念ながら、王宮の役人にイスファーン語を翻訳できる人材は潤沢にいない。翻訳ができるものが、できることを行わなくてはならないのだよ」


 殿下が言葉を発する前に、一瞬目を見開き、ほのかに口角を上げたのを見逃さない。

 わたしは試されているのね。


「翻訳だけなら、お兄様がいるわ。お兄様が翻訳した内容を法務や財務に詳しい役人に確認させてから、殿下がご署名されたらいいんだわ」

「官吏ではないエリオットに迷惑はかけられない」


 殿下は即答する。ここで身をひいてはいけない。


王立学園(アカデミー)は、役人の養成機関という位置付けだわ。制服だって王宮で働く見習いの役人達とリボンが違うだけだもの。見習いとして仕事をするのは迷惑にならないはずだわ」

「……そうか。エリオットが翻訳を手伝ってくれるなら助かるな。では、エレナは──」

「わたしはお兄様を説得いたしますので、任せてくださいませ」


 そう宣言して、踵を返す。


 この世界がBLゲームの世界かなんかなら、わたしはいつまでも殿下とお兄様の恋路の邪魔をしてはいけない。

 エレナのためにも二人の恋を応援して破滅フラグを回避しないと。


 わたしは強く決意して、お兄様を探しに向かった。

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