26 エレナ、逃避行先に着く
「予定よりも早くいらっしゃるのに、手紙一つで済ませるなんてひどいです」
王室の別荘で出迎えてくれた目の前の美少年は、そう言って頬を膨らませる。
使用人ではあるけれど、わたしたちと兄弟のように育ったユーゴは遠慮がない。
王室の別荘ではアイラン様が快適にお過ごしいただけるように、以前の滞在で対応した使用人達が再び集められた。
ユーゴは元々王室の別荘で働く使用人と、トワイン家から派遣された使用人の差配に目が回る忙しさだったと主張する。
後ろに控える使用人達は、あたかも一人で頑張ったように言い張るユーゴを、孫でも見るような暖かい眼差しで見つめていた。
そもそもアイラン様とお兄様の婚約はユーゴが起こした騒ぎが原因なはずなのに、愛されキャラのユーゴは騒ぎを起こしたことに対してお父様とユーゴの父であり家令のノヴァに反省を促されたくらいで、大したお咎めはなく、なんなら恋のキューピッド気取り。
エレナの破滅フラグに怯えるわたしとは、大違いだ。
そんな図々しいユーゴの頭をぐりぐりと撫でたお兄様は、とんでもないことを言い出した。
「じゃあ、ユーゴは頑張ってるから、ご褒美に、エレナに女神様の格好をさせて王都の礼拝堂へ慰問に行かせる時に、ユーゴも同行していいよ」
「本当ですか! 約束ですよ!」
「お兄様! ちょっと待って! 女神様の格好で王都の礼拝堂に行くなんて、勝手に決めないでください!」
冗談じゃない! そんなの無理よ!
のんびりした領地でおじいちゃんおばあちゃん達に可愛いと褒められ、子供達はお菓子が欲しいから女神様扱いしてくれる中で着るのだって恥ずかしかったのに。
陰キャのオタクに都会でコスプレなんてハードルが高すぎるわ!
女神様最推しのユーゴが興奮する中、わたしが声を上げるとお兄様は小首を傾げる。
「わたしにできることはなんでも言って、って今朝エレナが自分で言ったんじゃない」
悪びれずにそう言い放ったお兄様は、むしろわたしが悪いかのような反応だ。
確かに朝わたしはそんなこと言ったけど!
「昔からお兄様は贈り物やご褒美に他人を利用するようなことばかり!」
納得のいかないわたしはお兄様にくってかかる。
「そんなことないよ。僕だってエレナのために汗をかいてるじゃない。ほら、今年の誕生日プレゼントは、エレナのデイ・ドレスを僕が選んでコーディネートしてあげたでしょ。どれもエレナに似合ってて評判良かったはずだけど?」
「……お兄様は選んだだけで、買ってくださったのはお父様じゃない」
「やだなぁ。エレナが少しでもレディらしく見えるものなんて考えながら選んだんだから大変だったんだよ? お金なんて出すだけじゃない」
饒舌なお兄様はいつも通りだった。
心配していたのがバカらしくなってため息をつく。
そりゃ確かにお兄様の選んだデイ・ドレスは年頃のレディらしくって、普段のエレナなら選ばないようなものばかりだった。
子供っぽいエレナでもそれなりに見えて評判も悪くなかったと思う。
でも、お金を出すだけなんて言うなら買うまでしたらいいのに。
わたしはお兄様を睨み続ける。
「あと、ほらそうだ、カフスボタンのオーダーも手数料をもらえるようにってジェームズ商会に交渉もしてあげたじゃない。手数料はエレナに入るようにしてあげたでしょ?」
「わたしなんかが殿下に贈ったことを売り文句にしても誰も頼まないわ。メアリさんと話してて恥ずかしい思いをしたんだから」
「なんでエレナが恥ずかしく思わなくちゃいけないの⁈」
お兄様はわたしの肩を掴んだ。
「きゃっ! 急にどうなさったの?」
「あ、ごめん……」
慌てたようにお兄様は手を離し、わたしから顔を背ける。
「とにかくご褒美や贈り物に他人を巻き込むのはやめてください。去年のわたしの誕生日なんて殿下を連れてくるなんてしてご迷惑をおかけしたんだから、反省なさった方がいいわ」
「そんなことっ……ああ、そうだね。ユーゴへのご褒美はまた考えるよ。じゃあ僕はもう部屋に向かうね」
また何か言いたそうにしたお兄様は、そう言ってユーゴの頭をポンポンと叩いて部屋に向かった。
「僕は女神様の格好したエレナ様と王都の礼拝堂に伺えるのがいちばんのご褒美なんですけど……」
「絶対に嫌よ」
残されたユーゴの呟きを全力で拒否して、わたしも部屋に向かった。