21 エレナ、ボルボラ諸島での婚約式に参列する
「本当に、本当に素敵な婚約式だったのよ! ああ、メリーにもお兄様の晴れ姿を見せたかったわ」
「ええ。ええ。エレナお嬢様がそんなにおっしゃるのですから、とても素敵だったのでしょうね。メリーも拝見したかったものです」
メリーはわたしの話を嬉しそうに聞きながら、デイ・ドレスのボタンをとめる。
これから領主館で、お茶会とは名ばかりの盛大な披露宴が開かれる。
その準備で、屋敷の中は来賓とその使用人達がひっきりなしに出入りしていて騒々しい。
本当は大勢が参加するお茶会なんて参加したくないけれど、お兄様が主役だから参加しないわけにはいかない。
諦めたわたしは、お母様と大きな客室に通され、メリーと、それにアイラン様の侍女であるネネイを中心に披露宴に参加する準備を進めていた。
わたしはメリーに身支度を整えてもらいながら、婚約式について熱弁を振るう。
「お兄様達が書類にサインして、神様に婚約を誓われた時に、楽曲が最高潮の盛り上がりをみせて、わたしは思わず泣きそうになっちゃったわ。ね、お母様もそうでしたでしょう?」
「そうね。エリオットもアイラン様も……二人とも幸せそうにしていたわ」
お母様は感慨深げにわたしに同意する。
ぶっちゃけて言えば、お兄様とアイラン様が入場して、神様を前に婚約を誓って、祭司様と来賓に見守られながら貴族院に出す書類にサインしたってだけなんだけど。
楽団の奏でる音楽が、お兄様やアイラン様、それに祭司様の一つ一つの動きに合わせて鳴り響けば、まるで神様たちが祝福してくださっているかのように思えた。
入場の時はヴァーデン王国とイスファーン王国それぞれに用意されていた楽曲も、退場の際は二つの楽曲を融和させ、新しい音楽を作り出していた。
思い出しただけで興奮が蘇る。
「イスファーンが部族を統治するための手法に則ったんですね」
わたしの興奮とは逆に冷静なネネイはお母様にイスファーン風の髪飾りを付けながら、そう呟いた。
「どういうこと?」
わたしの質問にネネイが説明をしてくれる。
多くの部族を一つに統治するイスファーン王国は、慣習の異なる部族を一つにまとめるための手法として、音楽を重要視している。
万物に神が宿るとされるイスファーン王国の宗教観の中で、多くの部族の長たちは元を辿れば呪術師だった。
呪術師の子孫である長達は、それぞれの部族に伝わる音楽や舞いを土着の神に通じるための手段として引き継いでいた。
その、それぞれの部族毎に口述で伝えられた伝統的な呪術師の舞いのリズムを繋ぎ合わせ再構築して発展したのがイスファーン王国の音楽らしい。
「だから、イスファーンの音楽はリズムが一定ではなく複雑なのね」
わたしの感想にネネイが頷く。
「ですから、イスファーン王国の風習に詳しい者がこの婚約式の成功のため口添えされたのでしょう。奥様が披露宴にイスファーンのアクセサリーをご調達されたように、視覚や聴覚に訴えることでより両国の融和はより堅固なものとなります」
わたしとお母様も、ヴァーデン王国風のデイ・ドレスにイスファーン王国風のアクセサリーを融和させた装いで披露宴に参加する。
お母様がネネイにお願いをして用意してもらったヘッドドレスは、イスファーン風ではあるけれど、草花をモチーフにしているからか、なんとなく女神様の王冠に似ている。
ヴァーデン風の装いにあわせても、思ったより違和感はない。
わたしとお母様がイスファーン風のアクセサリーを身につけることで、我が家がアイラン様を受け入れる用意があることを視覚でイスファーン王国の来賓に訴える。
「奥様は完成しましたので、次はエレナ様につけていただきますね」
そう言ってネネイがつけてくれた金と白蝶貝の細工が見事なヘッドドレスは重く感じた。