20 エレナ、ボルボラ諸島での婚約式に参列する
ボルボラ諸島の礼拝堂は大きいけど、慰霊のために建てられているからか華美な装飾はない。
大きな祭壇の後ろで『始まりの神様』と『恵みの女神様』の夫婦神と、ボルボラ諸島を領地とするシーワード公爵家の始祖である『海洋の神様』の三柱が見守る。
厳かな趣きの礼拝堂だ。
エレナの行きなれた領地にある礼拝堂は学校も併設しているからいつも子ども達の声が聞こえて賑やかだし、女神信仰の総本山だからか、とても華やかで雰囲気が全然違う。
そんな静謐とした礼拝堂の中で、王都から呼び寄せた楽団が、耳馴染みのある音楽を奏でる。
ワルツのリズムに合わせて優雅にヴァーデン王国の貴族達が続々と礼拝堂に入場する。
ヴァーデン王国側は現宰相のヘルガー公爵に次期公爵であるオーウェン様にダスティン様、侯爵家の面々もお父様に、過去に宰相を務められたマグナレイ侯爵、殿下の従兄弟でも在られるリンデン次期侯爵──と十二柱の神々に連なる公爵家、侯爵家の当主や次期当主も白い正装姿だ。
白い正装は別に騎士の制服ではないため、各家毎に意匠が少しずつ異なる。
まずは各家毎に紋章が異なるから胸に飾るブローチが違う。
国から賜った勲章は先祖代々引き継がれる。騎士の家系は勲章が多い。
公爵家でかつ騎士の家系のオーウェン様はたくさんの勲章を胸につけている。これでもきっと選りすぐりのもので、全部じゃないんだろうな。
ちなみに我がトワイン家は元々いただいている勲章が少ない上に、今回主役のお兄様が見栄えの問題で勲章をつけるため、お父様はご自身の賜った勲章しか付けていない。
そして白い正装自体も、各家の紋章に使われている植物をモチーフにした刺繍を前身頃や襟、袖口などに施している。
平和な今は形骸化しているけど、元々は戦地で首をはねられても刺繍を見れば誰の遺体かわかるようにするためらしい。
その刺繍も公爵家は金糸、侯爵家は銀糸と使う糸は決まっている。
当主か後継者かでも、赤と瑠璃色の肩帯の太さが異なる。
まるでアイドルグループの衣装みたい。
パッと見ると一緒なんだけど、よく見ると少しずつ違うみたいなお揃いっぷりだ。
我が国が誇るイケメンとイケおじばかりのアイドルグループはさぞかし人気になるに違いない。
続いてイスファーン側の来賓は、アイラン様の異母兄だという第二王子をトップに、ヴァーデン王国との取引に前向きな有力部族の長たち、大臣クラスの重臣たちがいろとりどりの民族衣装で入場する。
楽団の奏でる音楽は、今度は初めて聴く音楽に変わっている。
イスファーン王国の音楽は拍子がコロコロ変わる。
わたしはリズムがうまく取れないけれど、入場してくるイスファーンの有力者達は聞きなれた音楽に笑顔だ。
彫りの深い顔立ちが多いヴァーデン王国のイケメン達は黙っているとクールな印象を抱くけど、くりっとした瞳が特徴のイスファーン王国のイケメンたちは黙っていても人好きする印象で、これはこれで良い。
すでに着席しているわたしは、目の保養とばかりに礼拝堂の絨毯を堂々と歩くイケメン達に熱視線を送る。
いろんなイケメンが見放題で、脳内のイケメンフォルダーが満たされていく。
そして……賓客の一番最後に殿下が登場する。
ファンファーレが鳴り響き、入り口からの逆光のシルエットに場内の視線が集まる。
殿下が歩みを進めると音楽は鳴り止む。
淡い金色の髪は、明かり取りの窓からまるでスポットライトみたいに照らされて光り輝く。
王族だけが纏える瑠璃色のマントを翻し、背筋を伸ばし凛とした姿勢で座す席に向かう様子は、かっこいいしか言葉が出ない。
語彙力が溶けてなくなる。
うっとりと殿下を眺めて、かりそめでも婚約者の座につけたことに感謝の祈りを捧げる。
とりあえず恵みの女神様に祈っとけばいいかしら。
胸の前で手を組み、通りすぎる殿下を見つめていたら、前を向いている殿下の目が、チラリとわたしを捉えた気がする。
え……
もしかして……
これって……
アイドルのライブで推しと目があった気持ちになるってやつ?
そっか。そうだよね。
エレナの推しは小さな頃から殿下だもんね。
目があった気持ちになるのわかる!
わたしは興奮しているのが伝わらないように冷静を装いながら、殿下の背中を見送った。