12 エレナ、湖への小旅行
「エレナ。今日は王立学園がお休みだし、僕と一緒に出かけない?」
朝食のテーブルで塞ぎ込んだ様子のわたしに、見かねたお兄様が声をかけてくれた。
優しい。
「天気もいいし、綺麗な景色でも見たら気が晴れるんじゃないかな? ねぇ。父上。エレナには無理をさせないからいいでしょ?」
「そうだな。私は仕事で一緒に行けないが、エリオットがいれば安心だろう。せっかくだから行っておいで」
見目麗しきお父様とお兄様に微笑まれると家族ながらドキドキする。
慈愛に満ちた表情でうなづいているお母様もとても美しい。
本当に目の保養になる家族。
「お父様。お許しありがとうございます。お兄様もお誘いありがとうございます」
わたしもできる限り優雅に微笑み返す。
「それで、お兄様。これからどこに連れて行ってくださるの?」
「馬車に乗って湖に行こう。本当は馬に乗せてあげたいけど、まだ無理をさせるわけにはいかないからね。そうだ。メリーも一緒に来てくれる? そしたらエレナも安心だ」
「えぇ。もちろんご一緒いたします。お茶の準備もいたしましょう」
外でお茶でも飲んだら気が晴れるんじゃないかと、落ち込んでいるわたしのためにすぐに行動してくださるお兄様。
それを暖かい眼差しで見つめるお父様とお母様。
わたしは殿下に相手にされない不幸なエレナではなく、優しい家族の愛情に包まれた幸せなエレナでいたい……
そう思ってはいけない? ねぇ。エレナ。
わたしはエレナに心の中で問いかけた。
***
王都と隣接するトワイン侯爵領は、農業や畜産が盛んな長閑な場所だ。
昔から、少し休みが取れると領地内に点在する湖や丘に、お父様の視察がてらピクニックに行くのが恒例になっている。
今回行くのは領地内でも王都に一番近い大きな湖で「王都に越してからは近すぎてあまり行ってないし、急に出かけるにはちょうどいいでしょ?」とお兄様は気を遣って選んでくれた。
湖まで馬車で向かう途中、車内でお兄様と幼い頃の思い出話に花が咲く。
お兄様と思い出話をしていると曖昧だったエレナの幼い頃の記憶がどんどん鮮明になる。
領地の屋敷の庭でかくれんぼをした話、お母様の大切な花瓶を割ってしまったわたしをお兄様が庇ってくれた話、幽霊がいると噂を聞いて夜中に退治に行こうと約束したのに、眠気に勝てずに結局ソファで身を寄せ合い寝てしまった話。
どれもこれも色鮮やかに思い出せる、エレナの大切な思い出達。
ふと、お兄様が窓の外に目をやる。
「エレナ。湖が見えてきたよ」
わたしも窓の外に目をやると木立の隙間からキラキラと輝く湖面が見えてきた。
「……殿下の瞳の色みたい」
ポツリと呟くわたしをお兄様は眉尻を下げて悲しそうな顔で見つめる。
「エレナは、殿下の事が本当に好きなんだね」
お兄様はそう言うと、わたしの頭をそっと撫でる。
「大丈夫だよエレナ。あと半年もすれば殿下の誕生日だ。そこで公式にエレナが婚約者だって発表される。そうすれば殿下と結婚すべきなのはコーデリア様なんだとか、コーデリア様が先に婚約者候補だったんだとか馬鹿げたことを、王立学園内で好き勝手に騒いでいる、シーワード公爵令嬢の取り巻きなんてなにも言えなくなるからね」
……えっ?
なにその急に降って沸いた大量の情報!
コーデリア様……? シーワード公爵令嬢?
殿下と結婚すべきお嬢様?
わたしより先に婚約者候補だった?
学園で騒いでいる取り巻き?
未だに自分が転生した作品がわからないのに、不穏な要素が増えていく。
とにかく、お兄様から聞き出せるだけ、今の状況を聞き出さなくては。
「ねぇ。お兄様。わたしが嫌な思いをしない様にいろいろ隠されているのは、わかっているわ! でもわたしのために全部教えて!」
そう言って、お兄様の胸に飛び込みしがみつく。
おぉ。イケメンの胸に飛び込んじゃった。
そっと息を吸い込んで満喫する。
いい匂い。いつまでもこのままでいたい……
って、いやいや。
情報収集収集しなくっちゃ。
うるうると上目遣いでお兄様を見つめる。
言うべきか言わないでいるべきか……悩んでるのが手に取るようにわかる。
「お兄様までわたしの事を子供扱いするのね……」
殿下がわたしを子供扱いする事に怒っていたお兄様なら、こんな風にエレナに言われたらきっと洗いざらい言わざるを得なくなる。
「もぅ。わかったよ。でも気にする必要はないし、何かあっても僕が守ってあげるから大丈夫だからね」
「ありがとう。お兄様大好きよ。頼りにしているわ」
もう一度お兄様の胸にしがみついておいた。