12 エレナと騎士候補たちの訓練
「エレナ様。今日は差し入れありがとうございました。今まで食べたケーキのなかで一番美味しかったです!」
講義が終わり荷物を片付けていると、隣のスピカさんが頭を下げた。
「喜んでくれて嬉しいわ。ありがとう。作ってくれたうちの料理人達も喜ぶと思うわ」
料理人達が張り切って作ってくれたもんね。それに、バターもドライフルーツもトワイン領産だもんね。喜ばれたら嬉しい。
「わたしだけじゃなくて、みんなエレナ様が差し入れをお持ちくださったことに感激してました! 今までわたしがどれだけエレナ様が素敵か伝えても、みんな聞き流してたんですよ。やっとエレナ様の素晴らしさがみんなに伝わってよかったです」
「ふふ。差し入れぐらいで大袈裟よ」
スピカさんはエレナが殿下と結婚するって信じているけど、貴族のお坊ちゃんばかりの騎士候補の生徒達は、エレナが侯爵家のご令嬢でも殿下と結婚させたい様な家柄じゃないのはご存知の方が多いはず。
差し入れをもらったぐらいでエレナに尻尾を振る人がいないのは自分が一番わかってる。
「本当ですよ! だって今まで見学にいらしたお嬢様達は揃いも揃ってルーセント少尉やオーウェン様が目当てで、私たちなんて邪魔扱いされてたんですよ。今日エレナ様がいらっしゃって、私たちの頑張りを認めてくださって、贔屓する事なくみんなに差し入れを配っていただいて、周りのみんな将来は王太子妃殿下付きの近衛騎士になりたいって口を揃えて言ってました!」
誰からも見向きされないようなエレナから平等に扱ってもらえるだけで感謝されるなんて、みんなすんごい不満が溜まってたんだろうな。
ハッと思い出す。
「……わたし、スピカさんには応援メッセージのカードをつけたし、お兄様はよく食べるからと一つじゃなくて二つ渡してしまったの。スピカさんとお兄様を贔屓してしまったわ」
「それは贔屓に入らないですよ」
「でも、スピカさんやお兄様が不満の矛先になったりしたら大変だもの。どうしましょう」
「そんなことで文句言う奴らはわたしが負かすので安心してください」
そう言ってスピカさんはわたしの手を握る。
「稽古には王太子殿下も参加される予定との触れ込みだったんですけど、お忙しいらしくて。今度エレナ様が見学にお越しになる時は王太子殿下がいらっしゃる時だといいですね」
「今、イスファーンとの交易に関して取り決めが多いからお忙しいのよ。でも殿下がいらっしゃらなくてもわたしはスピカさんの応援にまた伺いたいわ。お伺いしてもいい?」
「きてくださるんですか⁈」
握った手をブンブン振られる。
エレナだって普段は誰からも見向きされないわけで、こうして喜んでもらえるなんてなかなかない。
つい調子に乗ってしまう。
「もちろん! 明日もコーデリア様がダスティン様の応援に行かれるからお付き合いする予定よ」
明日も見学に行く約束をして、スピカさんと別れ、その足でコーデリア様の元に向かう。
コーデリア様から王都一の商会につてのあるメアリさんに依頼して明日の差し入れを選ぶから、手伝ってとわたしは王都のシーワード邸にお呼ばれを受けていた。
***
差し入れを選ぶ名目で、メアリさんが持参してくれた美味しそうなお菓子をつまむ。話題は今日の稽古だ。
メアリさん情報によると、ベリンダさんはルーセント少尉に差し入れをお渡しするときにお話ができたらしい。
ちゃんと覚えていらっしゃるようで少しお話ができたと喜んでいたって。
よかった。よかった。
「それにしても現役の武官の指導は、実践的ですよね。うちの弟も心酔しきってますもの。ダスティン様もご熱心に参加されてましたね。弟からは王太子様が王立学園の臨時講師になる様に頼まれたなんて聞いてますわ」
「あの男の考えそうなことだわね」
吐き捨てる様にコーデリア様は言って、紅茶を飲む。
コーデリア様は殿下のことを心底嫌っているので、普段敬称や名前で呼ぶことはない。
初めて聞いただろうメアリさんは一瞬ギョッとした顔をしていた。
「あの男は自分の治世の代にはルーセント少尉を重用したいのでしょう。後ろ盾のないルーセント少尉を重用するための下準備として、自分が目をかけている騎士候補達をルーセント門下生にする気なのよ。そうしておけば、十年もたてば一大勢力になっていますもの」
そして考え方も似ていらっしゃるのできっとコーデリア様の推察通りのことを殿下はお考えになってるんだろうな。
ただ、想定よりもルーセント少尉がモテすぎてヘイトが溜まってる事にはきっと気がついていない。
気づくわけないよね。来てないし。
ダスティン様達も王立学園で起きてる事件とかは報告してるんだろうけど、ダスティン様のあの雰囲気からはすでに信奉者っぽいし、ルーセント少尉がモテすぎて男子達が僻んでるなんて気がつかなさそうだもんね。
お兄様なら気がついて進言してくれそうなんだけどなぁ。
そうだ。
お兄様は殿下の側仕えになる予定なんだろうから、いまからお兄様が王宮までお手伝いにいくのは自然だ。
帰ったらお兄様に頼んでみようかしら。
わたしはそんなことを考えながらお菓子に手を伸ばした。