9 エレナと噂の騎士様
昨日屋敷に戻ってすぐ、侍女のメリーにお友達に差し入れをしたいから何か用意してと頼んでいたわたしに、今朝登校する時に渡されたのは、カゴに山盛りにされたドライフルーツたっぷりのバターケーキだった。
お友達は一人しかいないのに、稽古に参加する人たち全員に配れそうな量にわたしが途方に暮れていたら、お兄様がコネを使って食堂で預かってもらえるように取り合ってくださった。
カゴを預けて講堂に向かう。
「お兄様もお昼に稽古の見学に行かれます?」
「僕がそんなむさ苦しい場所に行くと思う?」
「思わないですけど、わたしのためにならついてきてくださるかなって思って」
コーデリア様がいらっしゃるとはいえ、コーデリア様の事だから久しぶりにダスティン様とお会いすれば安易にツンデレてさっさと退場してしまう可能性が高い。
お兄様がきてくださる方が心強い。
上目遣いでお兄様を見上げる。
「仕方ないな。今日だけだよ」
お兄様はなんだかんだ言ってエレナに弱い。
いつもの困ったような笑顔のお兄様と約束をして講堂に向かった。
***
昼休みの見学には、お兄様にコーデリア様、それにベリンダさんとメアリさんがいらっしゃった。
稽古は普段から授業で使う屋外鍛錬場で行われている。
夏の日差しを浴びながら、長時間見学するだけで疲れてしまうんだろう。
見学にいらしているご令嬢達の中にはラグを敷いて座っている方達や椅子とビーチパラソルみたいな天幕を用意している人までいる。
なんていうか、運動会みたい。
見学する場所を探すだけでも大変そうだわ。
わたしたちが場所を探して歩いていると、周りの視線を浴びる。
今まで見学に来なかった、王立学園のカースト上位層であるコーデリア様やお兄様が現れたら、見学者達の勢力図は一転する。
偉そうにふんぞりかえって椅子に座っていたご令嬢が慌てて立ち上がり挨拶をしにきたりと、なかなか見学ができない。
「すごいね。いつのまにかこんなことになってたの?」
ようやく空いているスペースで落ち着く。
お兄様が稽古を眺めながらベリンダさんとメアリさんに声をかける。
ベリンダさんもメアリさんも当惑した様子を隠しきれていない。
「こんなになっていたなんてわたしとしたことが一生の不覚です。コーデリア様やエレナ様のためにせめて椅子だけでも……」
メアリさんが慌てだす。
「結構よ。わたくしは、あの朴念仁がわたくしの騎士として、わたくしに恥をかかせるようなことがないか監視に来たのですもの」
強めのツンを披露しながら、コーデリア様はダスティン様から視線を外さない。
「エレナ様は、お椅子……」
「わたしもいらないから大丈夫よ。みなさんがこの国の騎士を目指して鍛錬されていらっしゃる中、自分だけ座るなんてできないわ」
スピカさんが頑張ってる中、わたしだけ暢気に座って見てるなんてできないもんね。
わたしたちは、立ったまま見学を続ける。
ベリンダさんはお目当てを見つけたのか、顔を真っ赤にして熱い視線を向けていた。
あれがルーセント少尉か。
確かにかっこいい。
生徒達と比べると身体つきも全然違う。
ルーセント少尉は大きな狼みたい。
野生味があるというか、実践でついた筋肉というか、ただ鍛えて筋肉がついたんじゃないんだろうなと感じる説得力のある身体つきだった。
ひとまとめにしている、くすんだ金色の髪から一筋髪の毛がほつれているのもワイルドだし、まあ、とにかく顔がいい。
キリッとした眉毛の下の瞳は、剣の手合わせをする生徒達を時に厳しく、時に優しく見守っている。
男性も憧れる大人の男の色気がプンプン漂う。
これはモテるわ。
王立学園にはいないタイプだもんね。
「素敵な方ね」
わたしがそう小声で話しかけると、ベリンダさんはコクリと頷いた。その瞬間。
きゃああ!
黄色い悲鳴が轟く。
指導していたルーセント少尉が、最後に手合わせをするために髪の毛を結い直す姿を見てご令嬢達が興奮している。
「さあ、今日は誰かな。三人でかかってきなさい」
いの一番にダスティン様が手を上げる。
ダスティン様はそのままオーウェン様とお兄様に目配せした。