7 エレナと殿下の三騎士の関係者たち
お茶会でたわいもない話をするのが苦手なエレナが、同年代のご令嬢達と昼食をとるなんてできないと思っていたけれど。
物おじしないメアリさんが話を振って盛り上げてくれる。
そして、同年代の恋バナを聞くのは楽しい。
ミンディさんがプロポーズをうけた時の話は映画みたいにドラマチックだった。
コーデリア様が殿下との婚約を辞退された後に開かれた、実質王太子妃候補を探すためのお茶会の場で、ブライアン様が世紀の大告白をして王室に囚われそうになったミンディさんを救ったんだとか。
ご機嫌でベリンダさんが兄であるブライアン様の英雄譚を語るので、まるで殿下が悪役みたいと笑ってしまった。
ベリンダさんとルーセント少尉の幼い頃の可愛らしい恋物語は共感しかない。
おチビちゃんなんていってたけれど、本当はルーセント少尉から「ミモザのお姫様」なんて呼ばれていたらしい。そんなこと言われたら恋に落ちるに決まってる。
わたしは小さな頃に殿下から「マーガレットの妖精」って呼ばれたのよと明かすと、みんなから黄色い悲鳴があがった。コーデリア様はドン引きしてたけど。
なんだかんだといいながら、そのコーデリア様はダスティン様と愛を育んでいて、わたしがアイラン様に振り回されている間に、パーシェル海を一望する岬で騎士の誓いを受けたらしい。
相変わらず「わたしと結婚したら騎士ではなく公爵にならなくてはいけませんのに」なんてツンツンしてるけど、悪い気はしてないのが手に取るようにわかる。
そういえば、せっかく海に行ったのにシーワード邸から海を眺めただけで、岬にも、港にも、砂浜にも行ってない。
今度機会があったら絶対に海で遊びたい。
「そういえば、メアリさんは? メアリさんのそういう話って聞かないわ。お慕いしてる方は? もうご婚約者様はいるの?」
ベリンダさんに追求されたメアリさんは困ったように頬をぽりぽりとかく。
「えっと、婚約者はいるにはいるんですけど、まだ非公式というか……」
「非公式?」
「相手は年下で、まだ十六歳になってないんです」
ヴァーデン王国では貴族の子女は十六歳になれば婚約できるようになり、婚約したあとは結婚に向けて準備を始める。
親同士が裏で約束していたりはもちろんあるし、暗黙の了解みたいなこともあるけれど、逆にいえば十六歳になるまで正式な婚約はできない。
だから、殿下とエレナの婚約だって、エレナが十六歳になったら正式に発表されるはずだった。
それをエレナが階段から転落したから大事をとってなんて言い訳で、殿下のお誕生日まで先延ばしされている。
かりそめの婚約者だから仕方ない。なんなら先延ばしできて胸を撫で下ろしてるに違いない。
「エレナ様と同じ講堂で講義を受けているのでご存ないですか? アイザック・ジェームスっていって、王都でもそこそこ有名な商家の息子なんです」
考え事をしているわたしに、メアリさんの説明が続く。
アイザック・ジェームス……
王都の商会……
「あら! 知ってるなんてもんじゃないわ! わたし前にお友達にジェームス商会を紹介していただいて、カフスボタンのオーダーをしたもの!」
「その節はご贔屓いただきありがとうございます」
メアリさんは微笑む。腹に一物ありそうな笑顔だ。
ご贔屓……はいいとして、作っていただいた後、お兄様が「エレナが殿下に贈ったカフスボタンを依頼したことを売り文句にするなら利益の半分寄越すように」なんて言い出していたらしい。
市井で人気のないエレナが殿下に贈ったなんて言ったからってみんな真似するわけがない。そんなの売り文句にしたらお笑いぐさだ。
もちろん、いまジェームス商会ではエレナのエの字も出さずに、カフスボタンのオーダーを受けている。
「カフスボタンの件はお兄様があれこれ口出ししたんでしょう? お兄様は兄妹だから贔屓目が酷くて、わたしが殿下への贈り物を依頼したのが箔につながるなんてお思いなのよ。その節はご迷惑おかけしましたわ」
「まあ、正直最初はエリオット様がそんなこと言ってるってジェームス家のご両親から聞いた時は何おっしゃってるのかと思ってましたけど、別に実害を被ったわけではないですから。それに──」
「それに?」
「いえ、エリオット様にお礼をお伝えください」
そういってメアリさんは腹に一物のありそうな笑顔でわたしを上から下まで見回した。