5 エレナと殿下の三騎士の関係者たち
「だいたい寂しいのは貴女ではなくて?」
コーデリア様がわたしを値踏みするような視線で見つめる。
ああ、ツンデレからツンに戻ってしまった。
そう。殿下とはトワイン領でのお祭りにお越しいただいて以来、お忙しいからとお会いする機会がない。
ただでさえお忙しかった殿下に追い打ちをかけるように仕事を増やしたのは、お兄様がイスファーンの第三王女殿下であるアイラン様にプロポーズするなんて騒ぎを起こしたから。
ううん。
お兄様のせいにしちゃいけない。
だってお兄様は、わたしのために一世一代の大勝負にでたんだもん。
元を辿れば騒動の発端はわたしだ。
それなのに殿下は泣くわたしを慰めてくれた。
優しく抱きしめてくださったし、それに胡桃ケーキの約束を覚えていてくれたし、わたしの手から胡桃ケーキを食べて──
思い出して、顔から火を吹いたように熱くなる。
「……わたしには、殿下とお会いできないからと寂しがる権利はありませんから」
わたしは顔を引き締め前を向く。
いつか婚約破棄される「かりそめの婚約者」だもの。
何て返していいかわからない複雑そうな顔でコーデリア様たちが見つめているのに気がつき、わたしは慌てる。
「そうだわ! コーデリア様。何かわたくしにご用があったんしゃないですか?」
「別に。あの朴念仁は今日は何をするのか、いつなら王立学園にくるのか尋ねても『王宮でもすべき事に邁進して参ります。コーデリア様のご迷惑になるようなことはいたせんので、ご安心ください』しか言わないので困っておりましたの」
コーデリア様は大袈裟にため息をつく。
ふふ。
ダスティン様に尋ねても知りたい情報が返ってこなくて、ツンデレを爆発させてるだろうお二人のやりとりを想像しただけで、ニヤニヤしちゃう。
「ですから、ダスティンとともに任務に駆り出されているブライアン様とジェレミー様のご家族や婚約者であるこちらのみなさまと最近仲良くさせていただいて、情報を共有していただいておりますの。貴女もあの男の動向をご存じになりたいんじゃないかと思ってお誘いしただけで、大した用件ではございませんわ!」
人差し指を顎に当て小首を傾げた美女は、捲し立てる。
ああ、もう、コーデリア様ったら、わたしにまでツンデレを……
「ありがとうございます」
わたしが笑うと、コーデリア様も三人のご令嬢もほっとした表情を浮かべた。
「じゃあ、貴族院の各会派の会合にご参加されてるんですね」
食事をしながら、殿下達のご予定を教えてもらう。殿下は王宮に隣接する貴族院で開かれる会合に出ずっぱりらしい。
お兄様のプロポーズの後始末以前の問題。
普段は納税や政務官の配属だなんだで国に対して集団で反発している貴族院の領主達が、今回はイスファーンとの交易について自分たちの権利を主張しあって内部分裂し始めていると噂に聞いていた。
特にシーワード公爵領で開かれたイスファーンとの歓迎式典に参加しなかった領主達から不満が紛糾しているのを、殿下が折衝しているらしい。
そもそも反イスファーン感情が強いこの国で交易が前向きに進むわけがないと判断して、歓迎式典に参加しなかった人たちなのに、いざ交易が始まると決まると大人しくはしてくれないのね。
そうか。いつもであれば貴族院で発言力のある前宰相であるシーワード公爵が睨みをきかせて黙らせるようなことも、今回は、弟であるシーワード子爵の真珠養殖事業の不正とイスファーンとの秘密貿易について明るみに出ているため、強く出られない。
残念ながら今の宰相であるヘルガー公爵は気弱な方でリーダーシップに欠ける。
主張が似た領主達で会派を組んで昔の宰相経験者とか有力者を担ぎ出し、王室にやいやい言っているらしい。
そういえばお父様はあまりそういうのに担ぎ出される方ではないのに、今回はお兄様がアイラン様にプロポーズしちゃうなんてしちゃったので、お近づきになりたい領主達から会派のお誘いがひっきりなしに届き、お父様もため息をつきながら貴族院に通っている。
「いつになったらブライアンお兄様は王立学園に戻ってくるのかしら」
「お会いできないほど忙しくされてるのね」
「あ! 夜には毎日王都の屋敷には戻ってらっしゃるのでお会いしてるんですけど」
ベリンダさんがかぶりを振る。ハニーブロンドの髪が揺れてキラキラと輝く。
「ベリンダさんはブライアン様を口実に、騎士候補生の昼稽古に差し入れしに行きたいんでしょ」
そういうと赤毛のメアリさんは情報通みたいに丸眼鏡をきらりと光らせた。