3 エレナ久しぶりに登校する
久しぶりに講堂の前に立つ。
授業が始まる前みんな雑談にいそしんでいる。
わたしが足を踏み入れるといつもの喧騒は急に静まり返る。
久しぶりに現れたわたしに驚いたのか周りは息をのみ、目を見開いてこちらを見ていた。
言いたいことがあれば言えばいいのに。
でも、わたしは前みたいに視線を浴びたくらいじゃ怯んだりしない。
だって、シーワード領で開かれたお茶会とは名ばかりのイスファーンとのパーティーで、領主達やイスファーンの使者に囲まれた緊張感よりも全然マシだもん。
「スピカさん。いつもの席は空いてるかしら」
「ええ、わたしの隣はエレナ様の指定席ですから」
「まあ!」
わたしはスピカさんと笑いあう。席に座り、周りを見回す。
隣でぼーっと口を開けてわたしを見ている男子生徒と目があった。
自由席のはずなのにみんな仲の良い人たちと固まって座るから、席は決まってるようなものだ。いつもわたしの右隣はスピカさんが、左隣はその男子生徒が座っている。
わたしは優雅に「久しぶりね。今日からまたよろしく」なんて笑いかけてみた。
その男子生徒は声をかけられると思ってなかったみたいで、サッと顔を背けると耳まで赤くして小声でなんか言っている。
きっとジロジロと見ていたことが後ろめたいのね。
「エレナ様、講義が始まります。放っておきましょう」
そう言ってスピカさんは男子生徒を睨んだ。
「大丈夫よ、意地悪なんてされてないわ。きっとわたしなんかが声をかけると思わなかったのよ」
「……わたし、エレナ様になにかあったらと心配です」
スピカさんは女性騎士として王太子妃の護衛をするのが夢なものだから、エレナが王太子妃になると信じてわたしを護ろうとしてくれる。
エレナが王太子妃になんてなれるわけがないなんてわたしはわかっているけれど、スピカさんはそんなこと知らない。
護衛をしてくれることがすごく後ろめたい。
講師が部屋に入り講義が始まっても周りから視線を感じてなんだか居心地が悪いまま。
そんな中で聞く講義は、国内の主要な領地と産業についての説明で、お兄様のいうように聞かなくてもエレナが知っていることばかりだった。
やっと午前中の講義が終わった。
「ねぇ、スピカさん! 一緒に食堂でお昼を食べない?」
わたしは隣のスピカさんに勢いよく尋ねる。
基本的に王立学園に通う生徒達はみんな食堂で食事をとる。
わたしは休む前は毎日のようにスピカさんと食堂でお昼をとっていた。
「すみません! 先約があって……」
ウキウキのわたしに、恐縮したようにスピカさんが返す。
……そうよね、また長期間王立学園を休んでいたんだもん。その間にスピカさんにだってお昼ご飯を一緒に過ごすお友達ができても不思議じゃないわ。
「あのっ! 違うんです! 昼の時間に騎士を目指している生徒達に稽古をつけてくださるって先生がおっしゃってて、最近参加してるんです! お昼ご飯は時間がないから練習終わりに簡単につまめる軽食ばかりで! どうしよう。エレナ様をお護りしたいから鍛えたいと思ったのに、鍛える時間はエレナ様をお護りできないなんて!」
明らかに気落ちした態度のわたしを察したスピカさんは慌てる。わたしも慌てる。
「やだ! 気を使わせちゃってごめんなさい! もちろん参加してきて! スピカさんが夢を叶えるために稽古に参加されるんでしょ? わたしも応援しているわ! 今度差し入れ用意するわね。今日はお兄様でもお誘いしてみるから、気になさらないで」
わたしはスピカさんを見送ると一人で食堂に向かうことにして講堂を出る。
お兄様はどこにいるかしら。食堂? 中庭? まだ教室かしら?
「エレナ様。ごきげんよう」
キョロキョロしているわたしの目の前にシルバーブロンドの美女が現れた。光を浴びてキラキラと輝き、まるで彫刻作品のよう。
「コーデリア様、お久しぶりです」
コーデリア・シーワード公爵令嬢。わたしが殿下の婚約者に決まる前、王太子妃に一番近いとされていた方。
由緒正しき公爵家のご令嬢で、絶世の美女であるコーデリア様は人気が高い。いまだにコーデリア様が殿下のお相手であればよかったのになんて声をいたるところで聞く。
まあ、当の殿下とコーデリア様はマウントを取り合い嫌悪しあっているんだけど。
コーデリア様がヒロインの少女漫画の世界なら「あんなやつ嫌い!」とかなんとか言いながらいつのまにか「こんなにあいつのことばっかり考えてわたしったらどうしたのかしら」からの「もしかしてこの気持ちって恋?」のコンボを決めるんだろうけど、全くそうなる気配はない。
わたしがそんなことをぼーっと考えていると、シルバーブロンドの美女は顎に人差し指を触れ小首を傾げて見つめていた。
周りはコーデリア様とわたしが対峙しているのを何が起こるのかと好奇の目を向ける。
「あの、何か……」
「お昼ご一緒にしませんこと?」
おずおずと尋ねるわたしにコーデリア様が放った言葉は予想外なものだった。