2 エレナ久しぶりに登校する
気がつけば、夏が近づいていた。
少し前まで躑躅やバラが咲き誇っていた王立学園の庭は、今は梔子の甘い匂いが漂っている。
王立学園の制服も、重苦しいケープを脱ぎブラウス姿に変わっている。
この一ヶ月近く、隣国イスファーンとの交易交渉にあたり友好関係構築のため奔走しなくちゃいけない羽目になっていたから、王立学園に通うのは久しぶり。
「こんなにお休みして大丈夫なのかしら。勉強ついていけなかったらお兄様教えてくださる?」
「平気、平気。どうせ最初の一年なんてたいした勉強しないから。みんなコネ作りに必死なだけだよ」
ブラウスと胴着の軽装でもパリッと着こなしているお兄様は、見た目の優等生な雰囲気からは想像つかないくらい暢気だ。
「じゃあ、お兄様は? 王立学園に通うのは今年で最後なんでしょう? お兄様はこんなにお休みして大丈夫なの?」
「問題ないよ。僕は優秀だから、王宮勤めになっても引く手あまただもの。それに、きっと殿下の側近になるだろうし。最後の年まで勉強だとかしてるのはコネがない人間だけだよ」
「王立学園は二年目しか学びがないとでもいうの?」
「二年目も大した事しないよ」
王立学園は卒業後に王宮で働くための大切な教育機関のはず。
殿下の幼馴染なんていう太いパイプがある暢気なお兄様の話なんて、真に受けちゃいけない。
わたしは隣を歩くお兄様に冷ややかな視線を送り、校舎に向かって歩く。
「エレナさまー!」
明るい元気な声が聞こえ視線をお兄様から外す。
あの、ピンクのツインテールは!
「スピカさん! きゃっ!」
わたしが名を呼ぶのと同時に駆け寄ってきたスピカさんに抱きしめられる。
「お久しぶりです! お会いしたかったです!」
「わたしも会いたかったわ」
スピカさんは王立学園で仲良くなった数少ないお友達。
久しぶりに会ったスピカさんは、少し……ううん。かなり力強くなっていた。
「しばらく見ないうちに、雰囲気が変わったわ」
わたしがスピカさんの腕を触ると、スピカさんは誇らしげに二の腕に力を入れた。
「魔法が使えるだけじゃまだまだだと思って、エレナ様がお留守の間に、王立学園で行われている騎士になるための稽古に参加していました。少し逞しくなったんですよ」
「まあ!」
あどけない笑顔のスピカさんはまるで子供向けアニメの戦うヒロインみたい。
魔法も使えて強くて、明るくて可愛い。
「わたしの夢は王太子妃殿下をお近くでお護りする騎士ですから」
拳で胸を叩くポーズも様になってる。
「素敵ね。夢に近づく努力して。ほら。お兄様。スピカさんは王立学園で研鑽されてるじゃない。お兄様みたいに王立学園に通ってるのにたいしたことしないなんて暢気なこと言わないわ」
「エレナは厳しいなぁ」
お兄様はわたしの文句なんて響かない。いつも通り笑ってる。
「スピカ嬢久しぶり。騎士候補のむさ苦しいやつらに混じって稽古なんて大変だね」
「いえ、そんな。みなさん熱心に稽古に付き合ってくださいます」
そりゃ、男性ばかりのところにスピカさんみたいな可愛い子がいたら、みんなデレデレよね。
騎士になるための稽古についてスピカさんに質問しながら、三人で歩く。
イケメンのお兄様に、騎士候補達のアイドルは注目の的だ。
周りの視線は熱い。
「そういえば、エレナ様も雰囲気がガラッとかわられましたね。遠くからだとエリオット様がいらっしゃらなかったらエレナ様だって気がつけなかったかもです」
「えっ。そうかしら?」
「夏服お似合いになってます。髪型も素敵です」
「ありがとう。暑くなってきたから、侍女に結い上げてもらったの」
この世界は夏と言っても朝晩は涼しい。
昼間さえ乗り切れれば冷房なんていらない。
まだ王立学園が始まったばかりの頃はまだ寒かったので着膨れしていたけれど、確かに今は身軽になっていた。